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流れ
「因みに私は三蔵様が慶雲院にはお戻りにならない方に賭けております」 今こうして歩いているのは昨日言われた彩徳の言葉を気に掛けたからでは無い。 寺で行われているクソ面白くもない賭け。 今迄寺で坊主共に傅かれて1から10まで痒い処も無い位身の回りの世話を焼かれていたものが一般衆生の暮らすのと同じ街に降りて行って耐えられる訳無い。 不便な暮らしにヒイヒイ泣き言を言って出戻って来るか否か、俺の動向が賭の対象になっているのだと知った。 身の回りの世話なんざ俺の方からしてくれと頼んだ覚えは一度も無いが、自分と同じレベルでしか他人を量れない人間と言うのは何処にでもいるものだ。 生憎だがてめえらが思うような不自由なんざしちゃいねえよ。 生まれた時から「三蔵」だった訳でなく俺にだって小坊主時代があったのだ。 寺の門扉を潜っているのは二言目には赤河童の事を「下賤の者」と称されていた事にムカっ腹を立てているからでも勿論無い。 あのバカの事を言うなら下賤じゃなくてクソエロ河童だ、と思ったがそんな事一々訂正してやる義理も無いので放っておけば良い。 言いたいヤツには何とでも言わせておいてやるが、俺は寺を出たってちゃんとやっていける。賭けに負けて泣きを見るが良い。 ざまあみろ。 自分が寺を出て行ったとしても結局その逆に張ったヤツが勝つ事になるだけだと分かっていながら内心で悪態をつく。 帰りがてら寄った書店で買った本と買い物を片手に抱えてドアを開けようとするが、開かない。 舌打ちしてごそごそと鍵を取り出してドアを開ける。 悟浄は出掛けているようだった。 一体何処に行ってるんだかな。フンと鼻を鳴らしてから自室に足を踏み入れた。 隠すように抱えていた本の入った袋を寝台の上に投げ出す。悟浄がいなくて良かったと本当は少し安心していた。 法衣を脱ぎ捨てて寝台に腰掛け紙袋から本を取り出す。 ぺらぺらと本を捲り適当に目星を付けてページに指を挟んで台所に持ち寄りテーブルに乗せてページを再度開く。 テーブルと調理台を行ったり来たりしながら本に書かれている通りの手順を辿って行くと思ったよりそれは簡単に出来た。 当たり前だ簡単なモンを選んだんだからな、と自分でツッコミを入れながら椅子に腰を降ろす。 ボケるヤツがいないと突っ込みも今一つ精彩を欠く。 順序が逆になったがそろそろメシでも炊くか、時計を見ながら立ち上がる。 メシが炊き上がるのを待つ間手元の本を熟読する。悟浄は仲々帰って来ない。 先日、悟浄と二人で出先から戻って来た翌日目が覚めたのは朝と言うか昼近い時間になってからだった。 勿論起きないつもりでいたのだからいつものように早朝に目が覚めなくても何の不思議も無い。 「三蔵、起きなくて良いのか?」 だが窓の外が明るい事に驚いて飛び起きたらしい悟浄がゆさゆさと乱暴に身体を揺さぶって来た。 仕事の事を心配するにしちゃあ起こすのが遅えだろうが。 「今日は休む」 悟浄に背中を向ける形で寝転がりぼそりと告げた。長安に戻って来た事は寺の連中にはまだ報せていなかった。 「・・・本当?」 「ああ」 こんな時間まで寝てんだから休むに決まってんだろ。 面倒くさいと思いながらそう答えると悟浄は寝台から一人だけするりと降りて行った。 「三蔵、まだ寝ててくれよ」 「・・・ああ?」 一緒に起きよう、じゃなくてまだ寝てろ? 「いーからいーから」 言い置いて手早くジーンズだけを身に付けるとばたばたと喧しい足音と共に悟浄は部屋を出て行った。 こんな時間に寝直す事など出来ないしそもそもてめえは一々動くのに煩えんだよ。 寝かしとく気があるんだったらもっと静かにしやがれ。 そう思っていると台所の方から物音が聞こえてきた。成程朝食を作るつもりらしい。 いつも朝食は俺が作っていたからな、納得して出来た頃に起こしに来るつもりなのだろうと思い仕方なくごそごそと布団に入り直した。 寝直すなんて出来ないと思っていた筈だがシーツを頭から引っ被るとそれなりに寝に入る体勢が整った所為だろうか、 気が付いたら少し眠っていたようで悟浄の声に起こされた。 「三蔵、寝ちゃった?」 「・・・ん?」 寝惚けながら起き上がると食い物の匂いがヤケに近くに感じられた。きっと台所と部屋のドアを全開にした侭なんだろう。 言われる侭に寝たりせずに着替えておけば良かった、 思いながら起き抜けにきつい匂いが鼻孔に届いて来た事に少し不快になり目を細めて辺りを見回した。 「・・・おい」 「あ、三蔵はまだ其処にいて」 「人の部屋に食い物を持ち込むな」 この家には寝室は設けておらず各々の部屋に各自の寝台が置いてある。 だから普段は別々に寝るのだが(と言っても今迄は同じ時間帯に互いに家にいなかったのだから一人で寝るのは当たり前だ) まあ、たまにはこうして一緒に寝る事もある。 ともかく、悟浄によって勝手にテーブルや朝食の皿が運び入れられたのは俺の部屋だった。 ベッドから降りようとすると再度その侭其処にいるようにと制止された。 其処・・・其処って布団の中に何時まで居させる気だふざけんな。 「今ワイン開けるから」 人の話を丸きり聞く気のなさそうな河童が自分勝手に話を進める。 「・・・寝起きだ」 幾ら何でも寝起きに酒なんか飲めるか。 「もう昼近い時間だからブランチってことで」 陽気に言い食器をカチャカチャと音を立てながら支度をする悟浄の姿は酷く楽しそうでその侭うっかり頷いてしまいそうになる。 いやだからそうではなくて。 「メシなら台所で喰うっ!人の部屋汚すんじゃねえっ!」 「メシじゃなくてブランチね」 はい、と差し出されたのは冷えた白ワイン。 「こういう怠惰なカンジも良くない?」 自分のグラスをこちらに差し出して来て俺の持っているグラスに縁を当てて音を鳴らした。 何が良いんだか丸っきり分かりゃしねえよ。 何が面白くて寝間着で布団に起き上がって朝一番に酒を飲まないといけないんだ。 河童の思い附く事ときたら理解不能だ当たり前だ河童だしな。 そう思っていたら突然口移しにワインを注ぎ込まれて驚いて手にしていたグラスの中身をシーツに零してしまった。 流れ出す事も無く直ぐさまシーツに染み込んで行く冷たい酒の感触に慌ててシーツを剥ぎ取る。 「三蔵、馴れてない・・・」 クスクスとエロ河童が笑う。笑っている場合ではない、 早くシーツを洗わなくてはと必死に手をばたばたさせるがもどかしい程自分の手は思うように動かない。 何処か他人事のように感覚の無い指を何とかぴくりと動かしてみるとそこには冷たく固い木の感触があった。 「あ・・・?」 どうやら眠ってしまっていたらしい。 重い瞼をぱしぱしと幾度か瞬かせると、何時の間にか帰って来ていた悟浄が斜め向かいに座ってこちらを眺めていた。 「オハヨ」 お早うと言う事は今は朝か・・・とぼんやり考えて間違いに気が付く。今は夜の筈だ。 確か俺は夕飯の支度をしていて、悟浄を待っているうちに寝てしまったのだ。 帰って来てたんなら起こせ、と机に突っ伏した侭だった上体を起こそうとした時自分の腕の下にある本に気が付いて再び机の上に身を伏せる。 み・・・見られた、か? 「・・・・・・(汗)」 黙って様子を伺っていると悟浄は何も言わず立ち上がり背中を向けた。 そしてガス台の上の鍋の蓋を開けて、 「三蔵、皿出すからそこ空けて」 首だけこちらに向けてそう言われた。バレている。これは別にてめえの言う事を聞くつもりで買った訳じゃねえ、 と言おうと思ったが結局口には出さずそれでも表紙を隠すように両腕で料理の本を抱えて立ち上がる。 「美味そうだな」 振り返りへらと笑ったその顔に。 「初めて作ったからな。味は保証しねえぞ」 「三蔵の作ってくれたもんなら何でも美味いよ」 横を向きながら答えたらそう言われた。こないだまでと言ってる事が違うじゃねえか。 そう思ったがどうやら俺の機嫌を取る為に思ってもない事を言っている訳でもないらしい。 留守の間にてめえで料理でも作ってみてそのあまりの不味さに反省でもしたのかも知れない。 「・・・勝手に言ってろ」 もうバレているにしろ一応手にした料理の本を自分の部屋に隠しに戻る。 結局、なんだかんだ言ってもなるようにしかならないのだと思いながら。 河の続き。 夢見がち河童。おかず作ってからご飯炊いたのは、失敗したら何喰わぬ顔で捨てて炊き込みご飯でも作って誤魔化しとけと思ったから。 ハリセンに続く。 33題 |