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舌打ち
「もっと沢山会話して、そんでもっと沢山喧嘩しよう」 クソ河童がそんな事を言ったのは出先から長安へ戻って来た日の事だった。 何が喧嘩だ。そんなもんてめえが俺を怒らせなきゃする事もねえんだよ。 大体会話と言いたい事を何でもかんでもズケズケ言うのとは別モンだろうが。 と、本日何度目になるか分からない舌打ちと共に苦く昨日の出来事を思い出す。 「これ八戒から」 昨日の夕飯には鯛の煮付けが登場した。 朝飯は先に起き出す俺が作り、夕飯は悟浄が作る、 別に決めた訳ではなかったがそうした方が都合が良いので越して来た最初の日以来その分担が続いている。 悟浄の料理は正直言ってあまり美味いとは言い難いのだがたかがメシ如きに文句を付けるのも食い意地が張っているようだし第一メシなんてものは食えればどうでも良いと思っているのでその事をどうこう言った事は無かった。 それよりも幾ら言っても掃除洗濯を気が向いた時しかしない事の方が余程気に障った。 これなら散らかしはするものの片付けろと言えばぶーぶー言いながらも片付けをした悟空の方が余程マシだと数度ならず思ったが、 今現在一緒に暮らしていないヤツを引き合いに出して文句を垂れるのも当てつけがましくて何だと思ったのでそうは言った事が無かった。 そう思う自分に、俺も案外常識人の端くれだったんだなと自分自身驚いてはいたが。 「ほら、八戒のヤツ官僚の子供も通ってる学校で教えてんだろ?教えてる子供の親父が出世したとかでお祝いで振る舞われたんだってさ」 海から遠く離れた内陸の長安に於いて魚と言えば普通は淡水魚で、海の魚は滅多な事では手に入らない。 「そんで珍しいもんだからウチにもどうぞだって」 成程八戒らしい気遣いだ。大食らい猿と一緒に暮らしてるんだから食い物は幾らあったって足りない位だろうに。 「あー、八戒の味付け懐かしいな。三蔵サマも八戒みたいに食い応えのあるもん作ってくれると良いのに」 魚に箸を付け心底満足そうな顔をした悟浄が唐突にそう言った。まるで俺がメシを作ってないみたいな言い方だ。 一遍死ぬかてめえ。 「メシだったら毎日作ってるだろうが」 「だって三蔵の作る料理って仙人が喰うもんみたいなんだもん」 「・・・何がだ」 言われている意味が分からない。 「もっと肉とか魚とか喰いてえよ」 「そんなもんてめえが作れ」 言われ、意味を悟る。だが俺の料理は小坊主時代に寺で仕込まれたものなので肉料理は習った事が無かった。 昼と夜はてめえが作るんだから何でも好きなもん喰えば良いじゃねえか。 「いやだからさ、三蔵が作るのって精進料理みたいなのばっかりじゃん」 みたいなの、じゃなくてそうなんだよ。 「もっと普通のもん作ってもらいたいなー、とか」 「普通のモンじゃなくて悪かったな」 食べ物を粗末にしてはならないとガキの頃から散々教え込まれていたお陰で食卓をひっくり返さないで済んだ。 そんなに肉が喰いたければ生肉にでも囓り付いてりゃ良いだろうと、冷蔵庫から肉 (勿論河童が買っておいたものだ。因みに買い物は河童の担当だ)を取り出して投げ付けてやりたいという衝動も堪えた。 「三蔵の作るもんが普通じゃないって意味じゃねえけどさ。 八戒だって今でこそあんな料理上手だけどウチ来た時はそれまであんまり料理した事無かったって言ってたんだよ。 だから三蔵もやればもっと違うもん作れんじゃないのかと思って」 まだ言うか。 「だから喰いたければ自分で作りゃ良いだろうがクソ河童!殺すぞっ!」 食いかけのメシを河童に向けて放り投げなかったのは我ながら感心だ。 ほらな、やっぱり喧嘩の原因なんて全部てめえだろうが。 今朝はムカつく河童の分のメシは作らないで出て来た。ざまみろ。 せいぜいメシが無いと惨めっぽく八戒にでも泣きつくこったな。 料理上手な八戒がてめえの好きなモンでもこさえてくれるだろうよ。てめえなんざ人のお情けに囓り付いてんのがお似合いだこの粘着質の 無職河童。 大体河童の分際で人の作るメシにあれこれ煩えんだよ。河童は河童らしくぼりぼり胡瓜でも喰っていやがれ。 一通り内心で悪態を吐くと少し気分が良くなった。 これで後はあのニヤケ面に鉛弾の2、3発でも撃ち込んでやれれば完璧なのだが。 「おい。俺の部屋はまだ使えるか?」 側付きの坊主を呼んで尋ねる。 西域への旅に出る前からの側付きの小坊主は、 旅から戻って来た後は小坊主と言うには無理のある年齢となっていたが変わらず俺の側付きの侭だった。 俺が寺を出た事で側付きなどと言うものは居なくなるのかと思ったが相変わらず俺が寺に通っているので解任にはならなかったそうだ。 と言っても以前のように一日寺にいる訳ではないので修行の傍ら俺の用事を片付けると言う立場となっている。 「はい。何時でもお使いになれます」 「そうか。今日はこっちに泊まるから支度を頼む。当分戻らんからそのつもりでな」 「はいっ」 ぱしぱしと瞬きをした後威勢良く返事して踵を返した坊主の足音が遠離る。 何も走って行くこたあねえだろうが、呆れながら勾欄に寄り掛かり背中を伸ばした。 光の続き。 バカップルのくせに喧嘩ばかり。 闇に続く。 33題 |