喧嘩をした翌日から三蔵がまた帰って来なくなった。 本気で怒らせたかな、と思ったのは朝起きたら俺の分のメシが用意されていなかったのを見た時だ。
また急な仕事かな、とは思ったがそうでなかった場合の事も考えて一日待ってから八戒の家を尋ねた。 どうせ三蔵の行く処なんか寺か八戒の処に決まっている。





「三蔵なら来ていませんよ」
コーヒーカップを寄越しながら八戒が答える。インスタントではなくちゃんとドリップしたヤツだ。 コーヒーメーカーは前の家を出る時に八戒にくれてやったので今俺の家でコーヒーと言うとただのインスタントしか無い。
「仕事じゃないんですか」
「んー、まあそうかも、とは思ったんだけど」
頭を掻きながら歯切れ悪く答える。
先日見た時はアースカラーで統一されていたリビングは今日は涼しげな青に衣替えをしていた。 と言っても家具を買い換えた訳では無く青地の布で作ったカバーを椅子に掛けて、クッションカバーを替えてカーテンも替えて、と言った具合だ。 俺の家に居た時は季節毎にカラー替えなんかした事は無かったが、あれは人の家っつう事で遠慮していたんだろうな、と今になって思う。
「・・・どうかしたんですか」
尋ねられ事の顛末を説明する。
「怒る程の事かね」
たまには違う物を喰いたいと言っただけの事だろうが。
少し口で吹いてコーヒーを冷ましながら言う。 カップを持ち上げると炒れたてのコーヒーの香りがカップの動きに併せてふわりと広がる。 やっぱりコーヒーメーカーは必要だとこの瞬間は思うが自分で炒れるのは面倒なので結局買う事は無いのだろうと言う事は分かっている。
「ノロケなら余所でやって下さい」
即答で言われた。同情してくれと思っていた訳ではなかったがそれはないだろう。 しかも顔が笑ってない。いや、八戒の場合笑っていても怖いのだが。
「何でコレがノロケよ。室内で銃ガンガン撃ちやがって・・・」
三蔵は撃ったら撃ちっぱなしだから良いだろうが弾丸のめり込んだ壁の穴を塞ぐのは俺だ。 それ以前に当たったらどうしてくれんだあの坊主。
「ノロケですよ。旅の間三蔵が僕達の為に料理なんてしてくれた事がありましたか?」
澄ました顔で八戒がカップを口元に運びながら言う。
「・・・・・・あ」
「あのモノグサな三蔵がご飯を作ってくれているのに文句を言うなんて」
でも旅の間は八戒が作るもんだの店屋の料理だのは肉が入ってようが魚が入ってようが平然と喰ってたじゃねえか。 それが自分で作る時だけは精進料理しか作らないってのはおかしくないか?
それに「今日はコレが喰いたいな」とか言う位普通だろう? そんなモンてめえで作れと怒鳴って発砲するヤツなんて三蔵以外にいたらお目にかかりたい。
「例えば悟浄に想いを寄せているお嬢さんが悟浄の為に慣れない手料理を作ってくれたらどうしますか?」
「そりゃ・・・美味いって言って喰うわな」
「じゃあ三蔵の作る料理はどうです?」
「・・・・・・」
黙り込んだ俺に今度は八戒は微笑んでみせた。
初めて三蔵が台所に立っているのを見た時は料理なんか作れるのかと正直驚いたし三蔵が自分の為に料理をしてくれる事に心底驚いた。 一体どんなもんを喰わされる事になるのかと内心かなり恐ろしかったが。そう、「わあ、三蔵の手料理v」 と喜ぶ気持ちよりも恐怖の方が大きかった。 八戒も言ったようにあの長旅の間三蔵(だけでなく勿論悟空と俺もだが) は料理は八戒に任せきりにしていたから三蔵は料理なんか出来ないもんだと思っていたので。 俺もマトモに料理なんかする方じゃないし、食生活に関しては大して期待などしていなかったのだそもそもは。 それでも良いと、最初は思っていた筈だった。
「大体僕は三蔵の手料理を一度も食べた事が無いんですよ。それを貴方と言う人は・・・」
呆れたように言って八戒が立ち上がった。
参った。幸せボケと言われても仕方がない。
「もうじき悟空も帰って来ますが夕飯は食べて行きますか?」
「ん・・・イヤ、帰るわ。コーヒーごちそーさん」
「仲直りしたら僕も三蔵の料理を食べてみたいと言ってたと伝えて下さいね」
「三蔵の料理だけどな、そんなに不味くはないぜ。煮物が得意みてえ」
それには答えず玄関を出ながら振り返らない侭告げる。ノロケと言われたお返しだ。





西日を正面から浴びながら家に帰り付く。 鍵の掛かった侭のドアを開いてもしかして帰って来てるかも、とリビングを覗く。次いで三蔵の部屋。
まだ三蔵は帰って来ない。
戸口で数秒佇んでから主のいない部屋の中まで脚を踏み入れて壁にぴったり付けて置かれているベッドに乗り上げてカーテンを開ける。 西向きの窓から入り込んで来る夕陽が室内に溢れ返り寝台も白い壁も淡いオレンジ色に染まる。
その侭ベッドに腰を降ろして部屋を眺める。
前の家から越して来る時永年の間に溜め込んだガラクタだのは処分したがそれでも使えそうな家具や食器類はその侭持って来た。 その他服やら靴やらCDやら私物の山を持ち込んだ俺の部屋と、三蔵の部屋は同じ広さの筈だった。
越して来た当初から物が殆ど増えていないように見える酷く殺風景な部屋。 見える、だけではなく実際そうなのだろう。最初に俺が用意しておいたシーツに枕にクッション。 それからこれだけは後で買い足した組み立て式の背の低い本棚。 小さな机の上に筆記用具、開けて確認しなくともクロゼットの中の私服も数える程しか無い事も知っている。
これが、全て。
三蔵の持っている物の全てだ。
捨てられないCDもお気に入りの服も、三蔵は持ってはいない。
この侭帰って来ないと言われても簡単に片付けが済んでしまいそうだ。
八戒の家のような住み心地を良くしていこうと言う住み手の意思の感じられない部屋。
有りものを適当に使っているから八戒の家のように統一感もないし住み手の好みも良く分からない。 いや、そういったものにこだわりが無い事だけは分かる。 必要品以外ではアレが欲しいとかコレが欲しいとか、そういった事を三蔵は一度も言った事が無い。 ライターもレアもののジッポではなく何時無くしても惜しくはない使い捨て。
何時でも後腐れ無く飛び立てるように。 まるで宿屋の一室であるかのように脱ぎ散らかした服の一枚も無く綺麗に片付いた部屋は、つまり三蔵の答えなのだろうか。 こんな処は仮の住まいだから後で処分に困るような物を増やすつもりはないと、そういう事なのだろうか。
眩暈がする。
ベッドの上に仰向けに身を投げる。
一緒に暮らしてくれと、言うのが遅かっただろうか。
気持ちをぶつけ合って確かめ合って行こうと、そう言った俺の言葉は三蔵には重たかったのだろうか。
どうしたら此処があんたの家になる?
どうしたら此処が俺達二人の家になる?
八戒は「仲直りしたら」と言っていたが寺に出向く勇気は起きそうになかった。






舌打ちの続き。

言葉で三蔵は八戒さんの炒れるコーヒーは美味いと言ってますがそりゃそうだ実は悟浄さん宅にはインスタントしか無いんです。

に続く。



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