還るべき場所




「大丈夫か?」
まだ午前中だと言うのに今日何度目になるか分からない言葉を掛ける赤河童の呼び掛けは無視する。
「今日中に長安に戻るのは無理かもしんねーな」
「ざけんな」
自分の歩調が遅いせいで、とは言われなかったがその言葉にかっとなって歩を速める。
「あーもー、ムーキーにーなーんーなーよー」
「その阿呆みたいな喋り方を止めろっ!」
「あー、ほら、あんた呼吸乱れてるって」
「てめえが無駄口叩かせなきゃ乱れる事もねえよ」
「息が上がってる事は認めんだ?」
途端ぐ、と言葉に詰まる。


実を言うと寝不足で身体が怠い。そしてその上朝から腰が痛い。
ぎっくり腰を起こしたとか重たいモノを無理して持ち上げたとかではなく、原因は一つだ。 だがそんな事を口に出すのはこっ恥ずかしいので予定通り宿を出て長安へ向かい出立した。 いつも通りに見えるよう背筋も伸ばして、と意識しないと腰を庇うように背中が丸まってしまうのだと言う事は認める。 歩き続けていればそのうち治まるだろうと思っていたのも認める。
が、痛みは一向に治まる事無く、一番気付かれたくない相手に早々に気付かれてしまった。
うるせえ。誰のせいだと思ってやがる。何が長安へ戻ったらもっとこおゆう事しよう、だ。 昨日泊まった街はどう考えても長安じゃなかったじゃねえか。
「今日は咸陽に泊まるか?」
自分の隣をだらだらと歩く河童がそう提案するように口を開く。 咸陽と言うのは今朝発った街と長安との、距離だけ見ると中間辺りに位置する街で、以前悟浄と八戒が住んでいた処だ。 但し直線距離で真ん中と言う訳では無いので咸陽へ寄って行くとなると随分遠回りになる。
「三蔵は咸陽に泊まった事ある?」
「・・・ある」
長安からさほど遠くは無いので三仏神絡みの仕事の依頼で出掛けた回数も少なくはなかった。
「でも飲み屋とかはあんまり行った事ないんじゃねえの?いい店知ってんだ。可愛いコが沢山いて・・・」
言い差し、はっとしたように河童が口を噤む。
「行きたきゃてめえ一人で行け。そんで二度と帰って来んな。家の敷居を跨いだら殺す。 つうか鍵変えててめえには二度とドア開けてやらねえ」
「やだなただの冗談だってば」
大袈裟にでかい声をあげて必死にバカ面を作ってひらひらと両手を振りかざしてみせるがどうなんだか。
「メシの美味い店知ってるからそこ行こ、なっ?」
俺がメシ如きで誤魔化せるとでも思ってんのか。大食らい猿じゃねえんだぞ。
「そうやってちょっと折れさえすりゃ何やっても許されると思ってる処がムカツク」
実際には河童は折れたフリをしているだけで、本人も自分が妥協してやってるつもりになってるが折れてやってんのは俺の方だ。 このクソ河童は謝って、ちょっと寝た位でそれ迄の事全て帳消しになると思ってる鋼鉄の無神経の持ち主だ。
「・・・あ?」
「大丈夫かなんて言ったその舌の根が乾かねえうちに無神経な事口にする処も気に入らねえ」
俺の為に仕事を辞めたなんて言われて昨日はうっかり信じちまったが本当の処はどうなんだかな。
「・・・三蔵」
「腹が立ったんなら女の処にでも行きゃあ良いだろ」
実は店の客にでも手え出して揉め事起こして頚になったんじゃねえのか。 大体仕事を辞めたとは言っても次に見付けて来る仕事がまた夜の仕事だったら同じ事じゃねえか。 そんな事にも気付かず丸め込まれてしまった自分の浅はかさが呪わしい。 これ以上甘い言葉で踊らされたくないと思っていた筈なのに。
「ちょっと待てって。どうしてそういう話になんだよ。永年住んでたんだから馴染みの女の子にちょっと会いてえな位思ったって良いだろうが!」
「馴染みの女だと」
言葉を発しながら口元が歪む。
てめえが昔の女に会うのに何で俺が付き合わなくちゃならん。
「あ、違っ、そういう意味じゃねえっ」
「ふざっけんなあああっ!」
スパアアアン!




然しハリセン如きでは生命力の強いゴキブリ河童を殺す事は勿論出来ず。
「さんぞーのケチーケチー」
今もってこうしてブツブツ小声で文句をたれながら後を附いて来る。うぜえ。
「うるせえ。どうせだったら横道に逸れててめえ一人で何処へなりと好きな処に消えろ。俺の後を附いてくんな」
長安へ帰ろうと呼びに来られて絆されてやったもののこのお調子者のエロ河童は折れて寝てやったからと何をしても赦されるものだと思い込んだらしくこんな風に平然と女の処にしけ込みたいと言って来る。 行くなら黙って行きゃあ良いものをわざわざ俺に面と向かって。
・・・早まったかも知れない。長安へ戻ると同意した事も、エロ河童と一緒に住むと宣言して寺を出た事も何もかも。
苛ついて煙草を袂から取り出すが残りの本数が少ない。早く街に着かないと煙草が切れる。 街中ならばともかく当たり前だがこんな街道脇に自販機などある筈も無い。 仕方ねえから咸陽に行くしかねえかな、と脳裏では思う。面白くねえ。
「どうしてそーゆー事言うのかね」
「だから行きたければ行けば良いと言っている。但してめえ一人でだ」
「だーかーらーさー、違うって言ってんでしょ。三蔵だって昔世話になった寺の近くに寄ったら顔出して行こうって思うでしょ」
「思わねえな」
世話になった、顔をもう一度見たい人達はもういない。もう一度会いたい相手に限ってもうこの世の者ではないのだ。 そして今一番近い処にいるのがよりによって一番そのツラを見たくねえエロ河童だ。最悪だ。
「えーっと・・・あ、そんじゃあの三蔵付きの小坊主。あれが慶雲院出て遠くの地に行ったとして、近くに寄ったらちょっと顔見たいと思うでしょ」
「・・・・・・」
「だからさ、俺が言ってんのは三蔵が寺のヒトに会いたいなって思うレベルなんだって」
思いっきり嘘くせえ。
「・・・・・・本当に寺の坊主レベルなんだろうな」
そう尋ねたら小走りで駆け寄ってきやがった。
「まあ坊主よっか随分色っぽいけどサ」
まだ言うかこいつ。
「あっ、だから違うって」
「本当だろうな」
「ん」
河童は横に並び、頷いて答えた。世話になった奴らに会いに行くと言っている割には鼻の下がだらしなく伸びているがな。
「フン。良いだろう。だが一人で行け」
「だーかーらー・・・」
俺の言葉に河童は口を大きく開きかけた。
「俺は宿で待っててやる」
「本当に?一人で長安帰ったりしねえ?」
「くどい。待っててやるって言ってんだろうが」
「ん。帰る時は一緒だかんな」
顔を覗き込まれるのをちらと横目で見ればしまりのねえツラで笑っていた。
よくもこうこっ恥ずかしいセリフがつらつらと出て来るもんだと感心していると指先をその手に握り込められた。 火傷していない方の手で気色悪い程にぎゅうぎゅう握られる。
本当に、良く平然とこんな恥ずかしい事が出来るもんだ。
そう思ったが横を歩くロマンチストのアホ河童と指を絡めた侭で歩き続けた。
俺も大概アホになったもんだ。
不意に我に返り指を解こうとしたが逆に強く握り返されただけに終わった。






留守番の続き。
もう終わっとけと言う感じですがまだ続く。

へ続く。



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