easy small world
もうすぐ養父の一周忌だ。早いものだと思う。病気が発見されてから半年も保たなかった。 病原菌への抵抗力が落ちているので風邪一つでさえ命取りになる、そういう病気だった。だから冬の間は入院して安静にしていた。 気候が穏やかになり入退院を繰り返していた頃、梅雨時の急激な冷えに風邪を発症してほんの数日間で容態を悪化させ、 そしてあの人は俺の前からいなくなってしまった。
金にモノを言わせて手術すれば治ると、そういう病気ではなかった。 だから資産を持たないほんの子供であった自分を詰る事も出来なかった。
代わりに、俺は思う。
俺がもっとしっかりしていればあの人も風邪なんかひく事もなかったのではないかと。
尤もあの時風邪をひかなかったとしても徐々に抗体を失いつつある体では遅かれ早かれそのうち何らかの合併症を発症していたかも知れない。 それは分からない。
それでも俺があの時何も出来なかった事に変わりはない。







「・・・・・・?」
ぼんやりと目を開けてみれば視界に入ったのは懐かしいあの家の天井ではなく、 同じ木目ではあっても見慣れたあの家のものとは違う、古めかしい寺の天井だった。
「目え覚めたか」
横合いから声を掛けられ視線を転じると其処には朱泱が居た。
「俺・・・?」
何でだか知らないが俺は布団の上に横になっていたが自分で布団に入った記憶が無かった。
「まだ寝てろ」
体を起こそうとすると病人にでも掛けるような労りを含んだその声音に制止され、意識を失う前の光景を思い出した。
客が来たのだ。茶を出そうとしていた。ここ数日身体が怠かった。耳鳴りが酷かった。 焼き物が趣味の檀家の一人が手ずから焼いて贈ってくれたのだと言う住職の気に入っている湯呑みを手にしていた。 桃色がかった艶やかな膚の使い込まれた陶器。眩暈がして酷く気分が悪くて。 陶器が床に落ちて行くのを視界の端に留めたのを最後に記憶が切れていた。
「・・・湯呑み・・・」
「ん?」
「割れたんだろ?」
「・・・ああ、まあな。それよりお前割れた器の上に倒れたから何カ所か切ってるんだぞ」
言われてみれば確かに腕の数カ所が絆創膏やら包帯やらで手当されている。
「心配すんな。住職も怒っちゃいねえよ」
「でも割れたんだな・・・」
ふ、と小さく溜息を吐く。怒られる事が怖かった訳じゃない。
「おい?」
同じものは二つと出来はしないのに。俺は取り返しの付かない事をしてしまったのだ。
「二度と同じモノは出来ないのに、俺は」
何だこれは。何を言ってるんだ俺は。
泣き言なんか言うな。
弱い処を見せて甘えてお前は悪くないと言われて満足したいのか。
「・・・お前がここんトコ碌にメシ喰ってないのは知ってた。喰ったフリして後で吐いてる事も」
何故だか分からないがここ暫く少しも腹が減らず、無理に食事をしてもすぐに気分が悪くなり食べたモノを直ぐ様嘔吐した。 我ながら不自然だと思う言い訳をしては皆と一緒の食卓に着く事を避けていた。
眩暈が酷いのはロクに食事をしていない所為だと自分でも分かっていた。
「具合悪いのは分かってたのに茶の支度なんかさせて悪かったな」
そう言って朱泱がふわりと頭を撫でた。心地良い程に優しい手付きで。
檀家から頂いたモノだと湯呑みを両手で包み込んでいた住職の笑顔を思い出す。
赦されたくない。
誰からもお前は悪くないと言われたくない。
「・・・・・・っ」
自由に動く方の腕で両目を覆う。
養父がいなくなってから初めて流す涙がみっともなく溢れ出していた。
100題「はさみ」〜「666」の間。 タイトルはGUNIW TOOLSより。

novel−パラレル