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住職と副住職が葬儀に出掛けて居る間三蔵は寺の留守を預かっていた。
社務所の入り口の呼び鈴が鳴らされたのが聞こえ三蔵は出て行った。
「・・・・・・?」
然し誰も居なかった。
あまり気にせず部屋に戻ると再度呼び鈴が鳴らされた。 再度三蔵は立ち上がり自分に宛われた奥の部屋から廊下を渡り社務所へと歩いて行く。急ぎ走ったりはしない。
「・・・・・・」
またしても其処には誰もいなかった。社務所の扉をからりと開けて外へ出て辺りを見回してみる。
クスクス・・・
小さく笑い声が聞こえた。
声の聞こえて来た方に顔を向けると植木の影に隠れて、否、 今は自分に見えるように身体を現した子供達がこちらを向いて笑っていた。年の頃は悟空と同じ位だろうか。 どうやら近所の子供達の悪戯だったようだ。先程の呼び鈴もきっとこいつらが鳴らしたものだろう。
す、と目を細めて三蔵は息を吸った。
「ざけんなクソガキが!!ブッ殺すぞ!!」
小柄で細身で見た事も無い程白い膚に柔らかそうな赤い唇。長い金色の睫に縁取られた宝石のような紫色の瞳。 その少女めいた容姿の人物から威嚇も前置きも無くいきなり恐ろしい大声で怒鳴りつけられた子供達は一瞬目を丸くしたが、次の瞬間泣き出した。
「うわぁぁーん!鬼に殺されるようううっ」
「・・・ああ?」
鬼と言うのは俺の事か?
訝しく思い脚を踏み出すとガキ共は泣きながらも必死に後じさり、走って逃げ出した。
「・・・・・・オイ。」
怒られて泣く位なら最初からくだらねえ悪戯をするな、とか。何で俺が鬼だ、とか。 呆気にとられていると先程のガキ共のものとは違う笑い声が風に乗って小さく聞こえて来た。
クソ。視られたか。
小さく溜息を吐き三蔵は寺の裏手へ歩いて行った。
本堂の蔭になって大して陽が当たらない筈なのにどういった訳だか大きく成長した古いイチョウの木に視線を当てる。
木の幹に身体が半分溶け込むようにして立っている、着物姿の男性とも女性ともつかない長い銀髪の持ち主。笑い声の元は其処だった。
不機嫌そうな三蔵の表情を見ても、それは笑いを止めはしなかった。
「・・・オイ」

それは銀杏の木霊だった。 この寺に来る迄そういったモノが視えた事はなかったのだが寺に引き取られてから程なくして三蔵は自分の目に映っているもの全てが他人の目にも映っているのでは無いと言う事を悟った。 住職にも副住職にもコレは視えないらしい。どうして突然そんなモノが視えるようになったのかは分からない。 たまたま寺の何かの波長と合ったとかその程度の事だろうと思い三蔵は気にしていなかった。 寺の境内に生えている木の何でもかんでもに木霊が宿っているのが視える訳でも無く、 墓場に行っても手当たり次第に視える訳でも無く、どういう基準で見えないモノが視えているのか自分にもさっぱり分からなかったが、 とにかく其処に居るソレが三蔵には視えた。ご神木と言うヤツかと問えばそんな大層なものではないと答えた木霊は、だが寺の一番の古参の木であるらしかった。
寺に棲む金色の髪の子供。
だから「鬼っ子」。
そう、呼ばれているのを知らなかったのは当の三蔵だけであったのだとその木霊は笑った。
「今時金髪如きで鬼呼ばわりかよ。一体何時の時代の人間だあのガキ共」
大体鬼っ子と言う呼び方が気に入らない。魔女っ子のようでムシが好かない。
時代錯誤な事を言っているのは子供達では無くその親であり祖父母であるのだが、異質なモノへの怯えと言う物は子供であろうと持っているものだと、 銀杏の木は枝を揺らして三蔵に告げる。
「そんな事知るか」
むすっと唇を歪め三蔵は短く答える。
ああ、でもお前の金色は私と同じだね、と。
別に怯える程の色でも無いのにねと優しく諭すような響きを含む声と同時に風も無いのにイチョウの枝が突如大きく揺れ銀杏を地面にぼたぼたと散らした。
「うわっ」
鼻先を掠めた銀杏に三蔵が驚きの声を上げると面白そうに枝の揺れが激しくなり、再度銀杏が地面に降り注いだ。 持ってお行きと言われ、素直に三蔵がしゃがみ込んで拾いだす。
銀杏が服に着いたら臭いが移るから突然するんじゃねえ、とか。
今は金だが冬になったらてめえはハゲるのに一緒にすんじゃねえよ、とか。
風も無いのに三蔵の周りにだけ降り注ぐ銀杏と、相手もいないのにぶつぶつ言い募る三蔵の姿こそが「鬼っ子」の出所なのだと、 当の三蔵もイチョウの木も知らないでいた。





それから一年。見えない筈の「視える」モノは増え続けた。 誰も居ない空間に向かって独り言を呟く三蔵の姿を住職も朱泱も不審がり(悟空はあまり気にしなかった) 遂にその「視覚」の事を白状させられた。
「・・・・・・お祓いとかした方が良いのかね」
そう言えば以前墓場で墓石に向かって何か言ってた処に声を掛けたらおかしな顔をした事があったが・・・。 今思うと「まずい処を見つかった」とか思ってたんだろうな。
その時の三蔵の様子を思い出しながら難しい表情をして朱泱が呟いた。
その言葉に。
今現在は困ってはいないが。・・・そのうち困るような事態が起きるのだろうか。
三蔵は思案した。この侭力が強くなり続けるとどうなるのだろう?今は視えて聞こえるだけで、相手に干渉されたりはしていないのだが。
「・・・あんたは何とか出来ないのか」
「イヤ、そんなエクソシストみたいな事無理だって」
上目遣いで尋ねてみると即答された。そもそも仏僧は祓いはしないもんだ、そう言いながら朱泱はひらひらと手を振った。
「祓いって何だ。俺はダミアンか」
別段困ってもいないこの能力の事を問い質した挙げ句あっさりお手上げのポーズを取られてしまうと流石に少しムカついた。
「いや、ダミアンとエクソシストは違うだろ。ダミアンてのは確か頭に666のハゲが」
「・・・そんなにでかいハゲがあったら目立つだろうな」
「きっとそのハゲの事をガキの頃から散々からかわれてダミアンとか言う奴は心が歪んだんだろうさ」
微妙に噛み合わない会話を続けていると今迄黙っていた住職が口を開いた。
「祈祷師だったら確か・・・」







住職に紹介された養父である光明の知人だと言うその黒髪の祈祷師はどう見ても20代だった。
寺から電車を二度乗り継ぎ1時間半。更に駅から徒歩20分。
『烏哭クリニック』
そう看板の出ている、祈祷師の事務所と言うよりは医者の診療室のような怪しい部屋で三蔵は椅子に腰掛けていた。 普通に考えたら祈祷師の事務所の方が診療室より怪しいと思うが祈祷師のいる部屋が診療室のようである事が怪しい。 しかも白衣まで身に纏っている。
(・・・本当にオヤジの知人かよ・・・)
養父の事を親しげに「光明」と呼び捨てにするそいつの顔に見覚えは無く、 眼鏡の奥の細い瞳に舐め回すように全身をじろじろと眺められる気色悪さを堪え三蔵はその男を睨み返した。
(祈祷師って言うと頭に蝋燭でも立てているもんかと思ったが)
丑の刻参りと勘違いしている三蔵のその思考は、然し口には出されなかったので誰も突っ込む事が出来なかった。
「ちょっと訊きにくいんだけどさ」
ひとしきり質問した後カルテのようなものに何やら書き付けながらその男が口を開く。
「君は処女かな?」
「は・・・?」
何で祈祷師がカルテを?と言う事に気を取られていた為三蔵は間抜けな返答を返した。
「男性と寝た事があ・・・」
「ざけんなああっ!!俺は男だっ!!」
言葉を変え問いかけるその男の言葉に我に返り、三蔵は立ち上がって怒鳴りつけた。
「あれ?そうなの?」
三蔵の剣幕にも関わらずその男はまじまじと三蔵の顔を覗き込んだ。
(そうなの、じゃねえ・・・殺す・・・!)
険悪な表情で睨み付ける三蔵にもその男はにやにやとした笑いを止めず再度椅子に腰を降ろすよう手で促したが、 三蔵は座らなかった。
ごめんごめんと、これっぽっちも悪いとは思ってなさそうな謝罪の言葉に次いで黒い細い瞳を面白そうに尚も細め男が言葉を紡ぐ。
「シャマニズム、と言う言葉を知っているかな?」
「シャマニズム?巫女とか?」
怪訝そうに眉を顰めながらも三蔵は返答した。
「そう。人界と霊界の仲立ちをする巫術。その媒介をする者がシャマン・・・日本語にすると巫女と言った処かな」
「・・・・・・」
「巫女は『巫の女』と書く。実際は神を降ろす役割は女性に限らず、男性がシャマンである宗教も多いんだけど日本では大抵の宗教のシャマンは巫女なんだ。 そして女性の巫女は未婚の処女である事が求められる場合が多い。つまりね、処女性を喪うと共に神性を喪うものとされている」
笑いを絶やさず男はつらつらと説明する。
「・・・・・・」
「だから君が女性だったら男性と性交渉を持てばその力は消える可能性もあった」
「・・・可能性、と言うのはどういう意味だ」
「処女じゃなくなっても力が消えない場合もある、と言うコト」
「じゃあ俺は・・・」
別に今迄だって見えない筈のモノが視界をちらついているだけで別段困ってはいないので力が無くなろうと無くなるまいとどうでも良いのだが。
「うーん、そうだね。『七歳までは神のうち』とも言うし、子供の頃に特殊な力が宿っている人間というのも稀にいる。 そういったヒト達が大人になるに連れ自然に力が消えると言うのは良く聞く話だけどね」
「そういうモンなのか?」
三蔵は頚を傾げる。
「そう。君の力もそういったものかも知れない。尤もてっとり早く今すぐ力を無くしちゃいたいのなら、 するコトしちゃえば消えるかも知れないよ」
椅子に反っくり返ってその男は答えた。問答は終わりだと言う事らしい。
「・・・・・・」
「するコト」と言うのは・・・つまりそういうコトだろうが聞き返したくはなかった。 この男の言うそれに至る迄この侭だと言う事か。しかも「かも知れない」では結局何の解決にもなっていない。 わざわざこんな処にまで脚を運んだがとんだ無駄足だったな、冷めたように目を眇める三蔵に向かいその男が腕を伸ばした。
「・・・っ!」
「あ。ホントに男だ」
「こ・・・のっ、やめ・・・っ」
「残念だなあ」
ぺたぺたと無遠慮にシャツの上から胸を触りまくられ養父の知人であるという遠慮も忘れ(最初からそんなものしていなかったが) 三蔵が拳を固めると漸く男の手が胸元から離れた。
「ああ、まだなんだね」
クスリと小さく笑い声と共に漏らされた言葉に。
三蔵は診察室のドアに突進し勢い良く出て行った。





「おい、どうだった?」
控え室で待っていた朱泱が椅子から立ち上がり顔を赤くして隣の部屋から出て来た三蔵に声を掛けても三蔵はその場で握り拳を固めた侭震えているだけだった。
(あのセクハラ祈祷師・・・!)
厚い訳でもない扉の向こうの怒鳴り声が朱泱には聞こえていなかったらしいと言う事はその時の三蔵には察せられなかった。
この能力を何とか強化して死霊や生き霊を思い通りに操れるようになってあのセクハラ男を呪い殺してやりたいと、心底三蔵は願った。





だが。三蔵の期待したようにはその能力は成長しなかった。
それどころか不愉快な出来事は忘れてしまうと言う性格の為三蔵はその日の出来事をすっかり忘れてしまった。 この特殊能力を強化したいと言う願いだけは目的を忘れた侭残り、 結果三蔵には毎年秋には必死に早起きなどしなくても大量の銀杏を手に入れられると言う便利な特技が残った。
『もう諦めたらどうだ。視たり聞いたりするのと自分から働き掛けて動かすのとでは能力の性質が違うんだよ』
『・・・・・・』
木の幹に背を預ける三蔵を慰めるかのようにはらはらと金色の葉と共に銀杏が降り注ぐ。
無理に使役などしなくともこうやって優しく言葉を交わすだけでも良いか・・・ そう思うようになっていた三蔵があの日の不愉快な出来事を記憶の底から揺り起こすには・・・実に9年の歳月を要した。







「なー、三蔵。いつもうち来るとそうやって外見てるけど何か面白いもんでも見えるの?」
こちらに背中を向けて窓辺に立っている三蔵の背中に悟浄は話し掛ける。 アパートの2階、見下ろす道路に今は人影も無く特に見るべきものは無いように見える。
「・・・そうか」
「え?」
「いや、ちゃんと聞いてる」
「?」
ちらと悟浄を振り返った後三蔵は再び視線を外に向けた。
外ばっかり見てないで俺の話も聞いてよ、なんて嫌味っぽく言ったつもりは無かったけどマズかったかな? 悟浄は冷蔵庫からビールを2本取り出した。
「限定醸造のビール買ってあるんだけどさ」
取り敢えずご機嫌を取っておこうと、首を傾げながらも悟浄は三蔵に再度呼び掛けた。

はさみの続き。

パラレル三蔵は生まれる前の記憶があるのですが実はこの特殊能力と繋がってました、と言う裏設定。
烏哭クリニックでのセクハラを思い出すのは「コンビニおにぎり」の悟浄が切っ掛けです(笑)
お隣に住む八戒さんと親しくなる切っ掛けも実は部屋の前で鉢合わせして「貴方には見えるんですね」「・・・まあな」 と言う会話でした。

熱帯魚に続く。

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