equal in vain
辿り着いた街で宿を取ればうぜえ程に人の事をじろじろ眺めくさるクソ河童を怒鳴りつけてやると勢い込んでいた自分に肩透かしを喰わせるように呆気なく個室が4つ取れた。
笑顔で4つ分の鍵を配る八戒に少し脱力し鍵穴に鍵を突っ込んでドアを開けてみれば、忌々しい事に禁煙の部屋だった。
「チ・・・ッ」
旅に出る前は今ほど四六時中口にしていたいと思う事も無かった筈だが最近は朝起きた後飯を喰った後手持ち無沙汰な時そして苛ついた時、 煙草に手が伸びるようになった。そして室内が禁煙であると知った今も。 吸わなくともどうという事の無かった筈のものが習慣にそして嗜好へと変わって行く。 嗜好品となってしまえば口にする事が出来ないと言われれば苛々と落ち着かなくなり疲労で重たい筈の躯を室内で休める事よりも部屋を出て煙草を吸える場所を探しに行く事を選ぶ。 厄介なものだと思いはするがそれでも俺は部屋のドアを開いた。
何処かに喫煙所は無いものかと片手にマルボロを掴みながら宿の中を歩くが更に忌々しい事にロビーにしか灰皿が置いて無くそんな人の出入りの激しい所で落ち着いて吸える訳が無いと外で吸う事にしてフロントの前を通り過ぎ屋外へ続く扉に手をかける。
壁に沿って裏手まで歩くと同じ考えのヤツが他にもいたらしく微かな風に乗って煙の匂いが漂って来た。 一瞬歩みが止まるが談笑する声がしない所を見れば先客は恐らく一人きりだと思われた。 ロビーで吸うのと見ず知らずの他人と隠れて吸うのとを量りにかけ後者を選び再び足を進めたが結局自分の判断は間違っていたようだ。 壁に凭れて煙草をふかしていた先客は見慣れた下僕だった。赤い髪が視界に入った途端足が止まる。
後退ろうとする自分の足に気が付き、たかが下僕相手に何を、と思い直す。
「ヨ」
俺の姿に気付き赤河童が口の端を上げるのを無視して離れた位置で銜えた煙草に火を点ける為に少し俯き。
視線を感じた。
「・・・・・・」
ああ、またか、と思う。
盗み見るように絡み付く悟浄の視線。
これだけ近くにいるのに見ている事を気付かれたくないとでも思っているかのように覗き見るようにこちらを窺って来る視線。 何も言わないクセにその瞳だけは常に何か言いたげで。
「いい加減にしろ」
苛々と前髪を掻き上げながら告げる。
「え?」
「俺が気付いてないとでも思ってんのか。鬱陶しい目で見るんじゃねえよ」
わざとそれまで視線を合わせないでいたのを顔を上げて睨み付ける。
「見るな、って・・・」
無様な程に狼狽え揺れる赤い瞳。
「人の事ジロジロ見るんじゃねえ」
「見てねえよ」
「見てる」
「・・・仮に俺があんたの事見てるとして、それがどうしたって言うの」
強く断言するとこんな会話に動揺などしていないと言う振りで悟浄がその肘を俺の肩に乗せようとして来る。
「触んな」
触れられる前に手の甲で悟浄の腕を払った。
「アラつれないの」
「エロ河童に触られたら妊娠する」
別段そんな事本気で思っていた訳ではなかったが憎まれ口を叩く。 触れられたら、と言うのは大袈裟にしても瞳に生殖能力があったとしたら疾っくにガキの一人は孕ませられているだろうと思う程に悟浄の視線は濃密で執拗だった。 ああ、全く冗談じゃねえ。 バ河童がバカの分際で粘着質だと言うのはとうの昔に気が付いていたがその粘着気質を自分に向けられると気色悪さに腹が立つ。
「ナニそれ・・・アンタ面白い事言うのな」
悟浄は一瞬ぽかんと口を開いた後どうした訳か気を悪くする事も無く肩を揺らしてくつくつと笑い出した。
「じゃあさ」
吸いかけの煙草を地面に落としてブーツの底で踏み付けてから悟浄が顔を近付ける。砂利と煙草を踏みにじる音が耳に入る。
俺を見下ろす形で覗き込んで来る赤い瞳。
笑いを含んだ声音は「面白がってるのはどっちだ」と言いたくなるような性質のものだったが正面から見据えたその瞳は笑ってはいなかった。 滅多に見る事の無い悟浄の真剣な瞳に近寄るなと、言おうとした筈の言葉が喉の奥で張り付く。
「ためしてみる?」
悟浄の口の端が酷薄に吊り上がる。 頬に触れるがさついた指に躯はぴくりと反応するが挑むように睨み付けた侭その瞳を見返す。 濡れたような紅色の光彩に硬直した侭の自分の姿が映り込む程に悟浄の顔が近付いて来る。こんな展開は俺の予想には入っていなかった。 それはまるで袂に入っている赤い箱を初めて勧められた時に自分が喫煙の嗜好に溺れる事になるとは思わなかったのと同じように。
言葉も紡ぎ出せない侭何故だかマルボロの赤にも似た紅の瞳から目が逸らせなくなる。