速達郵便
切っ掛けは極つまらない事だった。
そんな事で何故悟浄が怒ったのか分からないしそんな事で怒る悟浄にも腹が立った。
「今度の週末さ、ここ行こ。新しくオープンしたショップ。で夜は焼肉喰いに行こう。炭火でこんなでっかい松阪牛焼く店」
付き合い出す前はこんな風にしょっちゅう振り回されて休日と言わず平日と言わず呼び出されて飲みに連れて行かれたものだったが、
どうした訳か躰の関係が出来てからはあまり悟浄は俺を連れ回さなくなった。
と言っても一度寝たらそれきり連絡がぱたりと絶えたと言う訳では無く週末になると互いの家で飯を食っては猫のようにごろごろしていただけだ。
それが最近はまた外へと連れ出される回数が増えている。
焼肉なんか好きじゃねえよ、そう口を開く前になんだかこんなパターンは何処かで聞いた気がすると考える。
ここ、と悟浄が開いて見せた雑誌のページを眺めながらそれが何であったかを思い出そうとする。
あ・・・。
思い当たって小さく笑うと隣に座っている悟浄が問い掛けて来た。
「ナニ?何か面白い事でもあった?」
「いや・・・何だかここの処のお前は浮気がバレた旦那が必死に本妻のご機嫌取りしてるみたいだと思って」
別に悟浄の態度にそう言ったご機嫌取り的な必死さは感じられなかったがこうも毎週取り止めもなく目新しい処を見付けて来ては引き回されて何か落ち着かない感じがしていたのだ。
それが何故であったか分かって腑に落ちただけだったのだが。
「なに、それって俺が浮気してるかもって事?」
「・・・そうは言ってない」
予想もしていなかった固い声で言われて笑いが止まる。
「疚しい事があるから誤魔化してるって、俺ってそう見える?」
「そんな事は言ってない」
・・・どうして。こんな事でこんな風に怒り出すのかが分からない。自分の言葉の何が問題だったのかと反芻する。
「俺が三蔵のご機嫌取りしてるって?」
「してるみたいだ、と言っただけだ」
苛立った悟浄の声。思わず顔を覗き込むと口調だけでなく表情にも苦いものが現れていた。
「ご機嫌取りしてるよ、して何が悪い。
大体三蔵は何が好きとか一つも言ってくれないからどういう処に誘って良いか分からないし、
何処連れてっても同じような反応しかしないからどんな店とかどんな場所が好きなのか分からないし」
「悟浄」
例えばここで、自分は出掛ける事自体あまり好きではないのだと、
それ位今迄の付き合いで分かってなかったのかと言う事は簡単だがそれを言うと悟浄の機嫌を逆撫でする事になると思い何とか宥めようとする。
「自分から行きたい処って一回も言ってくれた事ねえし、
それじゃまるであんた本当は俺となんか出掛けたくないのを俺が無理矢理連れ回してるみたいじゃん」
「別に俺は」
人混みが好きではないしわざわざ出掛けたいと思うような処など無いのだ。
女子供でもあるまいしディズニーランドもディズニーシーも行きたいとは思わないし。
「それを俺が浮気してるだろうって?あんまりじゃねえのソレ」
そうは断言していないが悟浄は言いながら自分の言葉に激昂してきているようだった。何をどう言えば良いのかと暫し思案する。
「こんな時でもあんた何も言う事無いのかよ」
完全に喧嘩腰でそう叩き付けられた。
何・・・何か・・・言うべきなのだろうが。
「・・・・・・」
「俺がこれだけ言ってんだから本当はこういう処は好きじゃないとか何処に行きたいとか、そう言ってくれたって良いんじゃねえ?」
・・・俺にはそうは聞こえなかったが。
大体、お前が何処かに行きたいと言う時はお前が行きたい場所であって別に俺に何か相談した事なんかないだろうが。
「行かねえ?」と言いながら行きたくないと言われる事は初めから予想してもいなくて。
・・・ああ、あったぞ行きたくないと言った事が。
「お前、俺が行きたくないって言うと文句言うじゃねえか」
「・・・・・・うそぉ」
驚いたとかそう言うのではなくて、俺が悟浄を騙そうとしているのだと本気で疑っている口調で答えられた。
「ほらな、覚えてねえし」
幾らイヤだと言っても最後には結局悟浄に合わせてやる事になる。
だからきっと悟浄の中では俺がそんな処は行きたくない、と言った事は無かった事になっているのだ。
これだけこいつに合わせてやってるのに一体何が不満だって言うんだ。
「何だよその「ほらな」って。大体三蔵が何が好きか嫌いか教えてくれないから三蔵の行きたくない処選んじまったんだろうが」
「それってお前が選んだ場所なら俺は選択権が無いって言ってんじゃねえか。本当は覚えてんだろ。
都合の悪い事だけ忘れた振りしやがって」
「覚えてねえよっ!」
「威張んなっ!」
・・・後になって冷静に思い返してみれば悟浄を宥めようと思っていた筈の自分までもが冷静さを欠いて結局喧嘩になってしまったのでバツの悪い事この上ない。
だが確かにいつも悟浄の選んだ店悟浄の行きたい場所にばかり連れていかれていて、
俺が何が好きかなんて一つも気に掛けていないだろうと思っていた悟浄が実は気を使っていた(つもりだった)と言う事に、
口惜しい事に自分はこれっぽっちも気が付いていなかった。
そして、やたら系統のバラバラな店に連れて行かれると思っていたがそれが実は俺の好みを探っているつもりだった、
と悟浄は言ったがだったらそんなまどろっこしい事をしていないで直に俺に尋ねれば良かったのだ。
何の為に口があると思ってるんだか。
でもそれは俺も同じ事、だ。
口汚い言葉で喧嘩をする為に口が付いている訳じゃあない。
一体自分達は何をしているのか。
その後悟浄からはメールも電話も来ていないし自分からも何の連絡もしていない。
そのうち謝らなければとは思っているのだが何もなかったかのように一日二日で連絡を取るのも腹が立つ。
溜息を一つ吐いてから郵便受けを開ける。
数通の何とかセールだとかのDMに交じって宛名が手書きの封書が一通。見憶えの無い字に少し考える。
社名の印刷されていないただの茶封筒。中身も確認しないで捨ててしまおうかと思ったが速達で送られて来ているので思い留まる。
郵便物を手に持った侭エレベータに乗って考える。
金の掛かったDMと言う事もあり得る。バカ高い健康食品かアダルトビデオか。
特に後者は一見アヤシイ事の何もなさそうなまっとうな外見で送られて来る事が多いし。
然し中にチラシか何かが入っているにしてはヤケに薄っぺらい。
部屋のドアを開けてもう一度茶封筒をかさと振ってみてから鋏を取り出して開封する。
中から出て来たのは封筒のサイズに合わせてきっちり三つ折りにされた紙切れが一枚。
ごめん。
書き殴ったように一言だけ。
それだけで誰からだか分かった。
封筒に書かれた宛名書きの字を確かめる。
悟浄の書いた字を殆ど見た事が無かった事に気が付いた。
いつも遣り取りはメールだったからな・・・と思いながら悟浄の事を何も知らない事を再度思い知る。
「バカが・・・差出人名ぐらい書けよ。捨てちまう処だっただろうが」
市販の便箋どころか社用箋でもないただのコピー用紙にきっと安物のボールペンで書かれた文字に口は勝手に悪態を吐いてしまうが。
手紙から目を離さずに手は勝手に携帯を取り出す。