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花満天
慶雲院に戻る前に三仏神に報告をすると三蔵が言うと道を尋ねもしないで八戒が進路を定めた。 車では走行出来ないけったいな山道でジープは変化を解き、俺達は地面に降り立った。 「てめえらまで附いて来る必要はねえ」 三蔵はそう言ったが一生に一度あるか無いかの機会だ、仏教建造物に興味があった訳じゃあなかったが 「ま、折角だからイイでしょ」と無理矢理3人で斜陽殿迄附いて行った。 三蔵法師しか拝謁出来ない殿堂の為に現在も誰かが時折は手を加え整えているらしき山道を登り、 更には足腰が鍛えられそうな長い石段を登りきった先にその古めかしい建物はあった。 「三仏神の命だ」とは以前から三蔵のよく言う処であったが思ったよりも長安から距離のある処に斜陽殿が建っていたので 「三蔵法師様っつうのも結構大変なのね」と密かに呼吸を乱しながら思った。 長安からこんな処まで呼び立てられしかも面倒事を押し付けられ、それでもイチ抜けた、と放り出さなかった辺りが負けず嫌いの三蔵らしいと言えない事も無い。 請け負った任務のうちどれ位を俺と八戒に押し付けていたのかは知らないが。 「──玄奘三蔵、中へ」 重たそうな石の扉がゆるゆると左右へと開いた時呼ばれたのは三蔵だけだったから俺達は仕方なく扉の外で三蔵を待った。 天井の高いだだっ広い建物に人の気配は薄く、 最高僧である三蔵法師以外では数名の管理僧のみしか足を踏み入れる事が無いと言う話は本当なのだと知れた。 「そう言えば八戒ってココ来た事あるんだよな。三仏神っつうのには会った事あんの?」 「一度だけですが」 「ふうん。サルは?」 尋ねるのに悟空はふるふると頭を横に振った。 「三仏神ってどんなよ?」 「そうですね・・・・・・」 うーん、と記憶を探るように上目遣いになって八戒が生返事をする。 「・・・・・・顔が・・・・・・」 「はあ?」 「三蔵が跪いている前に大きなスクリーンみたいなものがあってですね、そこに神様の顔が三つ並んでいるんですよ。こう、顔だけ」 と、首の処で掌をひらひらさせてそこから上の部分だけだと八戒は示して見せた。 跪いてるトコロまでは尋ねちゃいねえよ。余程八戒の中ではその時見た光景が強烈に焼き付いているのだろう。 「ナニ?神様って顔しかねえの?」 「いえ、そう言う訳ではないと思います。恐らく顔だけ投射されているんでしょう」 「へー」 「へー・・・ってお前三蔵に聞いた事無かったのか?」 「別に聞く必要無いじゃん」 三仏神の容貌をぽかんと口を開けて聞いていた割にけろっとそう答えた悟空は、結局の所の三蔵にしか興味が無いのだ。 ごおぉんと先程と同じく重々しい音を立てて、誰が触れている訳でも無いのに再び分厚い石の扉がひとりでに開くと三蔵が中から歩み出て来た。 「三蔵!」 「三蔵、どうでしたか?」 ダブル音声にちらりと視線を流した後三蔵が口を開いた。 「・・・三仏神からお前達に何やら褒美を賜るそうだ。欲しいモンを決めておけ」 「褒美・・・って何をよ」 「それは手前で決める事だ」 「俺っ、崎陽軒の焼売一年分!」 何を、と悩む間も無くぱあっと顔を輝かせて悟空がでかい声で宣言する。 普通だったら「ガキっぽい可愛い発言」で済む所だが悟空の言う「一年分」ったら一体どれ位の量になるんだか見当も付かない。 「・・・ったくおサルちゃんはしようがねえなあ」 笑いながら頭をくしゃりと撫でると悟空は「ガキ扱いすんなよっ!」と怒鳴った。 初めて会った頃に比べると随分背の伸びた悟空は今や「サル」と言われるより子供扱いされる事を嫌う。 そうやってムキになるうちはまだお子様なんだよ、と思ったがその台詞を口にする前に三蔵が口を開いた。 「・・・てめえのせいで三仏神に「随分とエンゲル係数の高い旅でしたね」なんて嫌味言われちまったのにこの上食い物か」 唇を引き結んで三蔵がぎろりと悟空に冷たい一瞥をくれる。 「エンゲル係数って何だ?」 「・・・っこのクソバカ猿があああっ!」 きょとんとした悟空の声に遅れる事数秒。 罵声と共にハリセンが悟空の頭に炸裂した。 斜陽殿は長安の都から南方面にあったので道を北上して暫くジープを走らせると長安を囲む城壁が見えてきた。 真っ直ぐ走らせれば長安の城門中最大規模の明徳門に辿り着く。 「お寺まで送りましょうか?」 「いや、いい」 長安と言う都市は四方を城壁に囲まれている。とは言っても囲える程小さい町と言う事では無く実際の処結構な大きさがある。 三蔵の着院している寺は長安のほぼ中央よりやや北東の方角にあるので城門からはかなり距離があるのだが送って行くと言う八戒の申し出を三蔵は断った。 「でもこの後部座席の教典の山をどうやって持って行くつもりですか」 後部座席を圧迫する三蔵が天竺で入手した天竺語で書かれた教典の数々は、 重量だけで言えば悟空だったら持てるだろうが嵩があるので一人で(自分で入手したと雖も三蔵が荷物を持つ訳ないのでやっぱ一人だろ)抱えて行くには無理がある。 「サルが持てる分だけで良い。残りは預かっていてくれ」 「それは構いませんが・・・」 不審そうに八戒が答えると渋々三蔵が説明した。 「街中でジープなんぞ乗ってたら悪目立ちして仕様がねえだろ」 確かに長安の街中でさえ馬車や荷車、或いはチャリや時としてスクーターも見た事があったが自動車に乗っている奴を見た事は殆ど無かった。 然し旅の間は平気で街中までジープで乗り付けていたがあんたから文句を言われた事は無かったぞ。 「今更ナニ言ってんの?今迄散々・・・」 「お前等と違って俺は今日からここで暮らすんだ。目立ちたくねえ」 「・・・無駄だと思うけどネ」 煙草の煙と共に横を向いて三蔵に聞こえない位の声で吐き出した。 今更そんな殊勝な事言ったって、今迄目立って無かったつもりかよ? あんたがどんなにコソコソしてるつもりでもコソコソしたくても「尊い三蔵法師様」でしかも遠目にも分かる程明るい金髪ときたらどんなに地味〜にしようとしたってぜってー無理。 そんなに目立ちたくねえんならそのど派手な金髪のアタマでも丸めてろっつうの。 城壁の門前に到着しがくんと緩くブレーキが掛けられジープが停止した事で思考と言うか脳内での三蔵への悪態が遮られた。 「本当に此処迄で良いんですか」 「ああ」 問われるのに短く答え三蔵は助手席を降りた。この長旅の間何度も、それこそ数え切れない程見た光景。 然し法衣の裾を捌き大股に歩き始める姿は遠離る事無く後部座席の隣へと周り込み、 荷物から白い布を取り出して悟空が降りた後の席の上に広げ教典をその上に載せて行く。 一見無造作に積んでいるようだが最後に布の対角同士をぎゅ、ときつく縛り上げると包みの中で教典は真っ直ぐに揃った形に整っていた。 「残りは近いうち取りに行くが呉々も湿度の高い処と直射日光の当たる処には置くなよ」 「はい」 その「残り」の置き場所になるのは俺の家だと言うのに三蔵は八戒に向かって注意を促し、八戒も当たり前のように返事した。 八戒の返事を聞くと白布に包まれた荷物を三蔵は自分で手に持つ事は無く一言悟空の名を呼んだ。 「ん」 呼ばれ、こちらも言葉少なに荷物を担ぎ上げる。 「行くぞ」 別れの言葉の一つも無く素っ気なく身体の向きを変えた三蔵の手に一瞬触れるがそれでも三蔵はこちらを一瞥もしない。 まあ別に永遠のお別れっつう訳でもないしね。相変わらず冷めてるね三蔵サマは。しょーがねえよな三蔵だもん。 そうは思ってもつい苦い笑いが浮かんでしまう。 「じゃーな」 「気を付けて」 「そっちこそっ!」 声を掛けると悟空は身体ごとこちらを振り返り大きく手を振った。 一遍位振り返るかな三蔵のヤツは、と思いながら悟空を置いてどんどん先へ歩き出す法衣姿を黙って見送った。 暫く二人の後ろ姿を眺めていたが悟空はもう振り返る事無く荷物の重さを苦とも思わぬ軽やかな足取りで三蔵の方へ走って行く。 「さってと。俺らも行くか」 「待って下さい。もう少しだけ」 乗員が半分になり一気に広くなった座席で大きく伸びをしながらそう言っても八戒はジープのエンジンを掛けなかった。 ちらと三蔵達の去った方を見送る八戒の横顔を盗み見ると名残惜しそうに目を細めていた。 八戒のその線の柔らかい横顔を見て気が付いた。本当は俺達は「お前達も寺迄一緒に来い」と言われたかったのだ。 仏門の徒は大方がこの赤い眼と髪の意味を知っており、また寺の奴らは大抵は八戒が嘗て「猪悟能」と言う名だった事を知っており、 寺は俺達にとって決して居心地の良い場所では無かったが。 共に寺まで誘い少しでも俺と八戒の寺院に於ける立場を良くして欲しいなどとは思ってはいないが。 単純に三蔵の方からも別れを惜しんで欲しかった、否、矢張り多少の下心はあったのかも知れない、自分でも良く分からない。 大きく開いた洞門の向こう、ぼんやりと眺めている長安城内は結構な人出で直に三蔵達の姿は人混みに紛れて消えてしまうだろう。 風に乗って城内に植えられている杏花の香りが届いて来る、と思った時悪戯に風が舞い桃色の花びらが視界が霞む程に空に踊った。 舞い上がる黄塵に眼を細める。 と、その時三蔵が足を止めた。 気紛れを起こしたかのように法衣の裾を春の風にたなびかせてゆるりと振り返った。 遠過ぎてその表情までは窺い知れなかったが、俺は笑みを浮かべながら高く片手を掲げてみせた。 続く 「花謝花飛」の後本当はすぐコレを書きたかったんですが終わらなかったんです。 タイトルは引き続き紅楼夢より。発音は「hua man tian」。 novel |