花満天 5




唇を噛んで息を押し殺す三蔵の喉から抑えきれない声が途切れ途切れに零れる。 苦しげな息遣いも今の俺には欲望を煽るものでしかなく、 硬くなった自分のそれを凶器のように三蔵に突き入れながら舌先で優しく紫色の瞳の縁をなぞり上げる。
「ふ・・・っ」
真っ白いシーツをきつく握り締め必死に声を殺す三蔵の声が聞けない事を残念に思う。
「う、んうっ」
苦しげに三蔵が首を打ち振ろうとうするのをその頬を両手で包み込んで啄むように口付ける。
がちがちに強張った指でシーツを掴んでいるのを丁寧に解いて一本ずつ順番に唇で触れる。 久し振りの逢瀬も真っ昼間の寺院の中では何時急用だと言って情事を遮られないとも分からないので忙しない。
俺の部屋とは丸っきり違うきちんと片付いた、 と言っても八戒の部屋のように小綺麗に纏まっているのでは無くて私物が全くと言って良い程置いてない生活感の無い三蔵の私室。 最高僧様のお部屋にしては思いがけず狭苦しいし寝台もひどく質素なものだ。 一応鍵が設置されてはいるが扉だってプライヴァシーと言うヤツも満足に守れそうにないだろうと思う程薄い。 その、扉の外側では数百人からなる坊主共が立ち働いており、 扉の内側では東方随一の大寺院を束ねる最高僧様が昼日中からこんな事をしていると、 決して、知られる訳にはいかなかった。
まるで限定された時間内にフルコースを胃に収めろとひっきりなしに目の前に皿を差し出されている人間のように慌ただしく求め合う。 行為に完全に溺れる事無く常に辺りの様子に気を配っているらしい三蔵の感覚は常よりも鋭敏になっているようで僅かな刺激にも息を詰めては大袈裟に躯を震わせる。 飢えた身体で料理を平らげるかのように性急に貪ってしまうのは惜しいと思う。 本当はもっとゆっくり三蔵の肌を呼気を感じていたいのに。 そう内心で思いながらもこんな行為をしているにも関わらず何処か禁欲的に見える三蔵の姿に煽られるように熱が上がって行く。 自ら腰を押し付けて脚を絡み付かせて来る三蔵の唇を塞いで舌を絡めて腰を動かす。 三蔵が塞がれた唇の端から唾液を零しながら一際大きく背を仰け反らせて白く濁ったものを俺の手の中に吐き出すのに合わせて三蔵の中に熱い迸りを流し込んだ。



旅の間は三蔵は情事の後は必ず風呂に入ったものだったがこの後三蔵は風呂に入る事も無く仕事に戻るのだ。 旅の間は一緒のベッドで朝まで眠ったものだったがこの後俺は独り家に帰らなくてはならない。
それが、あの長旅が終わったと言う事だった。
俺のモノを抜き去った後も未だひくりと微かな痙攣を繰り返す其処を清めてやってから一足先に身支度を整える。
「だいじょぶ?」
固い寝台の上にぐったりと弛緩した肢体を投げ出している三蔵に問い掛けると微かに、本当に微かにだが微笑まれた。 三蔵のそんな穏やかな笑み、しかもこんな事の後に静かに微笑まれた事など初めてだったので久し振りで気持ちヨ過ぎたの?とか、 逆に何処か悪いんじゃないかと思って顔を近付けようとしたら三蔵は表情を消して何処か焦点の合っていない瞳の侭ぼんやりと起き上がった。
「どしたの?」
「何がだ」
「んー・・・何でもないならいっケド」
先程の表情は見間違いなんかじゃなかった筈なのに当の本人の素っ気ない返事に言葉を濁す。 投げ出してあった着衣をのろのろと身に付けるのを確認してから閉め切ってあった窓を開け、 「じゃ、またな」と言い置いてから窓枠に足を掛ける事も無くひらりと外へと出て行った。









八戒と連れ立ってジープで長安迄やって来て、先日「目立ちたくないから」と言ってジープでの送迎を拒んだ三蔵の言葉を思い出し城門の外でジープを降りればジープは白竜の姿に戻り八戒の肩に止まった。
長安へは物件探しに来た訳なのだが街に入るなり八戒は「じゃあ僕はこちらを」と告げて姿を消してしまった。
別に出物があったからと言って八戒から横取りしようとは思ってないし、 「学校塾のある処。さもなければ金持ち連中の子供の家庭教師でも構いません」 と言っていた八戒は大体場所の目星は付けてあるらしいが俺は何処にするかと言う事も決めていなかった。 そんなお上品そうな処よりは賑やかな処の方が俺は好きだし仕事も見付けやすいだろう。 それで寺から遠くなくて賃料が安い処だったら良い。 但し余りにも賃料が安過ぎると何処から流れて来たんだか分からない奴らが住み着きやすいからその分治安も良くは無いだろう。 長安での俺の新居に三蔵が脚を運んでくれたとして、 あの目立つ外見でガラの悪い場所に来させるのは気が進まない。 もしかしたら一緒に住む事になるかも知れないんだしちっと気合い入れて探さなくてはと思う。
三蔵の事を考えたら宿代と留守にしていた間駄目になっちまった布団他家財道具代が三仏神から出るか訊きに行く事を思いついた。 寺院に向かいがてら物件を探せば一石二鳥だ。
八戒に気を利かせられちまったかな・・・?
そう、思いながら街の中心部へ向けて足を動かし始めた。





慶雲院への道のりは足が忘れずにいた。 小煩い坊主共と顔を合わせる事も無く通い馴れた執務室へとこっそり辿り着く。 覗き込んだ窓の中、三蔵は旅に出る前と同じように机の前に座っていた。 面白くもなさそうなツラで書類らしき紙をいじくっているのを暫く眺めてから小さく窓を叩く。
「・・・何しに来た」
物音に顔を上げた三蔵のまるで旅に出る前に戻ったかと錯覚を覚える程いつも通りの仏頂面にいつも通りのイヤそうな口調。 あまりの懐かしさに一瞬そこから動けなくなる。

・・・ええと。
俺は三蔵達と旅に出て、帰って来て、そんで旅の間に三蔵と付き合い始めたんだよな・・・?

自然に笑ったつもりだったが少し口の端が引きつっていたような気もする。 三蔵の問いには答えず窓を乗り越えて室内に侵入を果たしたが制止はされなかったし発砲もされなかった。 「入って良いとは言ってねえぞ」と言われなくなっただけ大きな進歩だと喜びそうになってから、 そんなささやかな事に喜びを見出す自分を少し可哀相だと思ってしまった。
「何しに来た」
久し振りに会うのに問いを重ねる三蔵の態度はえらく素っ気ない。
「あ、ええと。俺等旅に出る前に家の電気と水道止めといたんだわ。 んで、帰って来た日に戻してもらうよう手続きして来たんだけど、電気と水道が来る迄ホテル住まいだったワケ。 その分の経費って三仏神サマから出たりしない? それと留守にしてた間に布団がダメになっちまってたから買い直した分も」
「分かった。聞いておく」
文句を言われるかと思ったが三蔵はあっさり頷いた。まあ金出すのは三蔵じゃねえからな。
「なあ。三仏神が三蔵に用がある時って斜陽殿に呼び出されるワケだろ?あんたが三仏神に用がある時ってどうなの」
「どうもこうもあるか。斜陽殿に行くに決まってんだろ」
「・・・やっぱそうなんだ」
一度だけ附いて行った山中の険しい道を思い出す。 町育ちの俺にはちょっとしたハイキング(にしちゃあ道が整備されてなかったが)だった。
「ジープで送ってってやろうか?麓までしか行けないケド」
幾らあの天竺への苦難の旅を完走した優秀な俺達の脚代わりのジープでも獣道に近いような山道は走行出来ないのだ。
「・・・ジープはどうした」
ジープの名を口にするのなら何故その姿が此処に無いのかと片目を眇めて三蔵がこちらを伺う。 そんなカオしたってココにはいねえよ。
「今は八戒が連れてる。後で落ち合う約束なんだ」
「八戒も来てるのか?別行動は珍しいな」
珍しいと言われる程いつも行動を同じくしているつもりは無かったが三蔵の元を訪れる時は大抵一緒だったから、 長安に来ているのに八戒が顔を見せに来ない事を三蔵が不思議がっても無理は無いのかも知れない。
「ちょっとね」
八戒も長安で仕事を見付けるつもりなのだと告げようとしたが思い留まり言葉を濁す。
「何だ」
真相を隠そうとするその言葉に気が付いたらしい三蔵が問う。
「気になる?」
「別に」
わざと尋ねてみれば短く即答された。
「あ、ねえねえそんな事よりさんちゃんのお部屋見せて?」
「気色悪い喋り方すんな」
「いいじゃん別に」
肩に腕を乗せてみたらイヤそうに振り払われた。
三蔵だから仕方ねえけど・・・何で今更そーゆー態度取るかねこの坊主は。
「どっちがだ」
「あ?」
「部屋の事か、喋り方の事か」
短い溜息を吐き出しながらそう言う三蔵は、どうやら俺の言った意味を分かっていないらしかった。
「・・・部屋」
イタダキマス、と心の中で呟きながら口の端を小さく上げて笑って答えた。






戻る続く

背景は牡丹ではなく芍薬です。牡丹は見るのに金払わないといけない処が多いので写真が無いのです。



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