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花満天 7
西向きに窓の附いている部屋があるへんてこりんな建物は、家の大きさに似つかわしくなくやたらでかいバスタブを備え付けていた。 廊下を挟んで6畳間が二つ、 然し向かい合わせではなく東向きの玄関から入って右側の部屋は廊下の突き当たりになるように(だから窓が西にある)、 左側に位置する部屋の奥には物置らしき小さな部屋が設けられていて、 つまり同じ造りの部屋同士が斜向かいになる格好だった。 因みに左側の部屋は南向きにでかい窓があって日差しの弱い冬ならばともかく今の時季はじりじりと熱い程だった。 三蔵が天竺から持ち帰った仏教教典の山はその後三蔵が引き取りに来る事は無く、 「日陰に置け」と言われた時色好い返事を聞かせた八戒も俺の家から出て行く際に持って行ってくれなかったので結局俺が荷造りをしてこの家に運び込んだ。 実は結構重たかったのだが何となく未だに寺に送りつける事はせず空いている部屋に箱詰めした侭放り込んである。 それでも日に当たらない場所に置いてやる辺り我ながら人が良い。 カーテンを引いて直射日光に焼かれながら窓を開ける。窓がでかいと夏に風を通すのには良いが冬は冷えるだろう。 それでもこの家を建てたヤツは日に当たるのが好きだったのかも知れない。 旅に出る前は日が暮れてから起き出して街に繰り出す暮らしを続けていたが本当は俺も日に当たるのは嫌いではないので盛大に室内を侵す目に痛い程の白い光を見上げながらベッドに大の字に倒れ込んだ。 「・・・れ?」 目の前を白い色がちらちらするのは強過ぎる日差しの所為だけではなかった。 「三蔵・・・?」 強い日差しを反射して尚白く見える法衣とその人自身が光の元であるかのように輝く細い金色の髪。 何でこんなトコにとも何か用かとも訊ねる前に勝手に人の家に上がり込んだ三蔵がごく当たり前の口調で「空いてる部屋はあるか」 と訊ねて来たので斜め向かいの部屋が空いてると戸惑いながら答えた。 殆ど手ぶら同然でやって来たその人は空き部屋を確かめても帰る事はせず床に僅かばかりの手荷物を投げ出すとくるりと振り返り莫迦のように後をくっついて歩いてた俺を上目遣いに見上げて「退け」と言った。 それから偉そうに腕を組んで居間を眺め渡し前の家から持って来たくたびれたソファに腰を降ろした。 「三蔵、何か用あったんじゃねえのか?」 「用があった訳じゃ無い」 「はあ?」 そう言うと一度腰を降ろしたものの机周りを一通り弄くった後目当ての物が見付からなかったらしく未練がましくあちこちひっくり返し始めたのでウチは新聞取ってねえよと教えてやる。 「用が無ければ来たら悪いか」 「あ、いや・・・そういう訳じゃねえけど」 つまらなそうに舌打ちして眉間に皺を寄せて自分が荒らした辺りに再度ぐるりと視線を投げてから三蔵は漸くソファに落ち着いた。 これは一体どういう事だろう。恋愛ドラマのような台詞を三蔵が吐いている。 普通だったら「用が無くても悟浄に会いたかったのー」と言う意味だと思って良い筈だが三蔵相手に額面通りに受け取って良いものだろうか。 ううむ、と考えながらカップにインスタントコーヒーの粉を落として勢い良く薬缶の湯を注ぐ。 横着ではあるがスプーンを使って掻き混ぜなくともこれで充分飲めるものになる。 ほらよ、と三蔵の前に安物のカップを置いてやれば別にモノ言いたげなきらきらっとした瞳を向けられる事も無く指でカップに触れて温度を確かめた後飲める温度になるまで小難しい顔をしてカップを睨み付けていた。 「飯喰ってくの?」 と問えば 「・・・ああ」 と言葉が返って来たので何となく黙りこくった侭差し向かいで夕飯を食って。 「あの、三蔵。寺に帰らないで良いの」 「寺には戻らん」 よもや三蔵が来るとは思っていなかったのでロクに飯の材料の買い置きも無く、 ちびちびと酒のツマミに買っておいたチヂミを喰いながらコップを傾けてビールを流し込んで尋ねると三蔵はそう答えた。 「え・・・?」 「寺は出た」 尋ね返すと再度言葉を句切ってはっきり、そう言われた。 ごきゅ。 ノドがおかしな音を立てて鳴る。 それ以上三蔵が何かを言う事はなく淡々とビールを口に運んでいたが。 そういや空き部屋があるか確かめてた、「用が無い」っつうのはつまり、 用があって訪れる場所ではなくここが三蔵の帰る場所になるのだと、 三蔵は寺を出て俺の処に来たのだと、そう言う事なのだろうか・・・? 「・・・ってお前悟空はっ!」 束の間の喜びの後思わずテーブルをだあん!と掌で叩いてしまう。小猿ちゃんも一緒だなんて冗談じゃねえぞ。 何となく俺と三蔵の事をサルも気が付いているにはしろ、キスすんのも悟空の目を盗んでとかえっちすんのも悟空が寝入ってからだとか、 それじゃ旅の間と大差無い。そう思ったのだが。 「サルは八戒の処だ」 不審そうに俺を見上げて三蔵が眉を顰めた。 「・・・は?」 「聞いてないのか?悟空はこないだっから八戒の処に転がり込んでるぞ」 「え、いやナニソレ初耳!」 「・・・そうか」 勢い込んで答えると三蔵は少し驚いたように目を見開いた。 「長安に越してからは八戒にはあんまり会ってねえのよ」 「・・・そうか」 重ねて言うと少し気まずげに三蔵が答える。 三蔵と悟空をセットで考えていた俺と同様三蔵の方も俺と八戒をセットだと思っていたのかも知れない。 「三蔵はソレで良かった訳?」 「ナニがだ」 「小猿ちゃんが親離れしちゃうと寂しいんじゃねえの?」 冷え始めたチヂミを皿の上で何度もタレに浸す無駄な動作をしながら冗談めかして言う。 「サルももうガキじゃねえよ」 ビールに視線を投げているフリをして伏し目がちに三蔵は即答する。 お父さんもラクじゃないね、と思ったがそれは言わない事にする。 代わりに新しいビールを開けてやる。明日にはビールの買い足しに行かないといけねえなと思いながら。 寺には戻らないと宣言した通り三蔵はメシを喰い終わってからも出て行く事はなくのんびり風呂に浸かった後は持参した単衣の寝間着姿でソファに腰掛けてがしがしと生乾きの髪を拭いていた。 ビールはメシの時に飲んだので最後だと言うとつまらなそうに暫くはだらだらとテレビを眺めていたが桃源郷の言葉を理解していない人間であるかの如く丸っきりの無表情で画面を眺めてられると隣でがはがは笑ってる自分がどうしようもなく阿呆に思えて来る。 せめて「何が面白いんだ」 くらいの事を言ってくれたら良いのに無言で座ってられると段々とバラドルのバカな冗談に笑う気力も失せて来る。 気まずくぷつんとリモコンでテレビを消して立ち上がりながら尋ねた。 「えっと、もう寝る?」 キスをしても寝間着をはだけさせても抵抗は無く。 不器用な三蔵が口の端から唾液を零しながら荒く息を吐くのに腰に腕を廻してベッドの上にもつれるように転がり込んだ。 風呂上がりのほんのり上気したものから元の白い色に戻りつつあるシーツに沈む膚をじっくりと眺めながら焦らすように時間をかけて寝間着を剥ぐ。 これから俺と一緒に暮らすのだと決めてくれた人の肢体を初めて見るものであるかのように上から下までゆっくりと視線を走らせる。 皮膚の下の骨が痛々しい程くっきり浮いて見える鎖骨と肉付きの薄い胸、 舌で或いは指先で弄くってやるといやらしく赤く染まって固くそそり立つ乳首、 そこらのオンナよりも細いくらいじゃないかと思うような腰、指でそして口で数え切れない位イカせた事のある薄桃色の性器。 我が儘なガキが癇癪起こして八つ当たりした人形のように腕も脚も疵だらけで腹には八戒が出来得る限り治療したが当の本人が無理して起き出しては何度も傷口を開かせた錫杖で貫かれた痕が引き攣れたように残っている。 あの吠登城では肩口の肉を抉られて腕なんか上がる筈がない程の手傷を負いながら法衣の袖を血塗れにして腕をぶん廻していたから八戒の気孔では塞ぎきれない位傷口が滅茶苦茶になって、 勿論そこも消えない疵痕が残った。 決して綺麗なだけでは、綺麗ごとだけではなくて何回も死ぬような目に遭って怪我にも痛みにも脚を停めず血みどろになって手を血まみれにしてそれでも進み続けたプライドの化物が、其処に居た。 両手両足の指全てを使って数えたって到底足りない位、それこそ幾度となく抱いた躯なのに本当に俺がこの腕に抱いても良いのかと暫し惑う。 この人が俺の恋人。 この人が選んでくれたのが、俺。 三蔵の言葉は酷く不器用で分かりにくいものだったが。 「疵、残っちゃったな」 指先で何度も腹部の疵の上をなぞる。 「今更何を・・・」 薄い皮膚のすぐ下には内臓が詰まっている。観世音菩薩だとかが手を貸してくれなかったら死んでいたっておかしくはない疵だった。 三蔵が生きていて良かったな、 そう思いながら尚も平らな腹部をさすると上体を起こしかけた後三蔵は力を抜いて溜息と共にシーツの上に頭を沈めた。 「バカが・・・」 そう言う三蔵の顔に視線を向けると心底呆れたように目を閉じていた。 そうっと顔を近付けて瞼に舌を這わせると三蔵は睨み上げるように残りの瞼を上げた。 「・・・いいの?」 顔を離すと三蔵は両目を開き俺は本当に俺で良いのかと思いを込めて訊ねる。 全裸で横たわる三蔵を見下ろしながらそれでも触れる思い切りが付かず痩せた頬を手のひらで撫でる。 「今更何言ってんだ」 再度そう言って三蔵は白い両腕を伸ばし俺の頚に絡めて自分の方に引き寄せ唇が触れ合う寸前、花が咲くように笑った。 戻る/続く 中国語で「花が咲く」は「開花」ですが「笑う」も「開笑」と言うのです。 と、言うのを最後の一文を書いた時に思い出しました。「開笑」は爆笑とかそんなカンジなんですが。 novel |