midsummerday3
ザー・・・

ザザー・・・

耳障りな音と共に脳裏に現れる夜中のサンドストームのような荒れた画像。

「     」

「え?何?」

モノクロの世界の中ではその人のまばゆいばかりの金色も色を失っている。

ザー・・・

開く唇に発せられた言葉。だけどそれは酷く遠くて。風に千切れるように俺の耳に届く前にどれ一つとして意味を成さぬ侭拡散して行く。

「・・・・・う、」

身体を前に向け顔だけこちらに向けたその表情は見えない。 白いシャツを風にたなびくように踊らせながら体を翻せば襟元から覗く濃い陰影を落とす痩せた鎖骨。

「・・・・・・じょう」

その人の言葉の全てを聞きたいのに。どうして自分にはその人の言葉が届かないのかと。

「悟浄」

「あ・・・・・?」

ゆさゆさと身体を揺さぶられ目を開けば夢の中のその人はモノクロではなく僅かばかりの月明かりにさえ輝く金色の髪を揺らして心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫か。魘されていた」

「三蔵・・・?」
そう言えば今日は実家に帰っていて、 無理に三蔵も誘って一緒に来て貰ってその上来客用のその部屋に並べて布団を敷いて寝たんだった・・・、と寝惚けた頭で思い出す。
「起こしたか?悪い」
「いや・・・」
のそりと起き上がると悪い夢を見ていたのかとも訊ねる事無く三蔵は何事も無かったかのように自分の布団に戻った。 未だ夜明けには到底遠い時間で障子から零れ落ちる薄い月の光に三蔵のパジャマの袖の先から覗く細い腕が矢鱈青白く見える。
何故あんな夢を見たのかとぼんやり考えながら枕元に置いておいた煙草と灰皿を引き寄せて火を灯す。 こじつければ理由は幾らでも浮かんだ。 寝る前に見た安っぽい筋書きのTVドラマだとか。 本妻にその存在を気取られる事も無い侭子供を産んで一人身体を壊して狭いアパートで眠るように眼を閉じたきりだった母親の事を思い出したからだとか。 一人で家に帰るのが怖くて無理矢理一緒に来て貰った金色の人が時々とても儚なげに見えるからだとか。
家族の確執を知る事も無く育った筈の三蔵だったら連れて来てもきっと流される事はないだろうと手前勝手に思い込んでいたのだが考えてみれば親の顔を知らない三蔵とてこんな風に他人の家族を見れば見知らぬ自分の親の事を考えたりもするだろうにそんな気配は微塵も見せず黙って俺の様子を気遣ってくれている。 「折角だから一緒の部屋で寝るか」と尋ねた兄の誘いを「もうガキじゃねえんだから」 と笑って断り客間で寝るからと逃げ込んでみたがそもそも俺はそれが最初から狙いだったに違いない。 三蔵に対して気を配る余裕もなく、 表面上は過去の事は過去の事と割り切って普通の親兄弟のような関係を装ってみてもその薄い皮一枚の下には今も傷が膿んでいて、 その傷を見せ付けられても呑まれないであろう三蔵に支えて貰いたいと言う甘ったれた気持ちがあって三蔵を誘ったと言うだけの事だったらしい。
本当は気乗りしなかった実家帰りだが兄も同じ時期に帰って来ているのなら大丈夫だろうとか夏の過ごし方を尋ねた時三蔵が 「墓参り」と即答したので俺らしくもなく親の顔を見ておこうと言う気になったのとで久し振りに帰って来てみたのだが水面下ではぐるぐるとつまらない事を考えていた所為だろう、 予想はしていたが思った通りの夢見の悪さだった。



「・・・なあ。夕陽を追い掛けた事はある?」
三蔵の顔を見る事もなく独り言のように煙草を親指と人差し指の間で摘みながらぽつりと訊ねる。
父の愛人であった実の母親を亡くし引き取られたこの家で、本妻に殺されるような目に遭い退院した後荷物を纏めた。 何処へ行くとも思い附かずただ日の消える方へと、 必死に脚を動かしたつもりだったが結局俺が辿り着いたのはこの町からそう遠くない所にある公園だった。 ブランコに乗り夕陽を見つめ、沈み行くそれに少しでも高い所に上れば未だ日は沈まない筈だと象の形の滑り台に登り膝を抱えて座っていた。 殺される前に出て行くと退院こそしたもののへし折られたばかりの肋骨の痛みを顧みもせず気が狂ったようにスポーツバッグに荷物を詰める俺に「頑張れよ」 と告げてくれたその人は家出すら満足に出来なかった自分の不甲斐なさにハナミズ垂らして泣く俺の頭をぽんぽん、 と軽く叩いて何も言わず側に居てくれた。

「ガキみてえな事言うなお前は」
そう言うと三蔵もごそごそと自分の荷物を漁り煙草を取り出した。
追い掛けても追いつけないオレンジ色の優しいくせにとても冷たい夕陽の色にも似たライターの炎が宵闇に浮かび上がる。
「あるに決まってんだろ」
少し尖らせた唇に煙草を挟み目を閉じた侭言う綺麗な横顔に。
自分が何故この人を好きになったのか分かった気がした。
戻る続く

付き合い初めて一年後の夏。

novel−パラレル