ever more




歓楽街の卑猥な灯りを目にしても顔色一つ変える事のない悟浄の横顔にはいつも軽く笑みが浮かんでいる。
「おっ、この部屋面白そうじゃん」
そう言って壁面に映し出された室内を見ても悟浄は顔を背ける事もしない。
ぼんやりとベッドに横たわった侭の俺の傍らで余裕たっぷりの態度で起き上がるのも必ず悟浄が先だ。
何が何だか分からない侭恥ずかしい体勢を取り正気であれば口にする事もない恥ずかしい言葉で行為を強請り身体の奥に熱いモノを溢れる程に注ぎ込まれ。
呼吸を整える事も出来ず荒く息を吐いていると額に頬に柔らかく降って来る口付けは心地良く。
逢瀬を繰り返すうちに行為に及ぶ場所は街中のいかがわしい宿ばかりでなく寺院にある自分の私室とそして悟浄の家も加わった。
街中に出掛ける回数が少なくなればそれだけからかうように声を掛けてくる他人をあしらうのが上手い悟浄の姿を目の当たりにする回数も少なくなり、 だから俺は手慣れた──言い換えれば遊び馴れた悟浄の態度をさほど気にする事もなくなっていた。
そう、旅に出る迄は。





「貴方達この辺りじゃ見た事無いけど、旅の人?」
唇を毒々しい紅に塗った女が唇と同じ色の爪をした指先を悟浄の肩に置きながら馴れ馴れしく話し掛けて来る。 飲み屋ならともかくここはただのメシ屋だ。場を読めこのバカ女。
長身に尖った顎に、艶のある甘ったるい声。
悟浄は台所に置いてある害虫を引っかける罠のようにただ居るだけでいとも容易く女を引き寄せる。ゴキブリの分際で。
満更でもなさそうな目尻の下がった顔で会話を続ける赤ゴキブリの姿を視界に入れないように皿の上にこびりつく冷えた油の膜をじっと見る。
こんな事で不快になるのは間違っている。
旅に出る直前悟浄が冗談めかして言った事をここの処何度も思い出す。

男同士でこんな関係っつうのもオカシイし。終わりにしない?オレ達

その後悟浄はあれは「エイプリルフール」だと必死になって謝り、表面上は俺は納得したフリをしたがその言葉は今も俺を苛んでいる。
世間的に見ればどう考えてもおかしいのだ、この関係は。
男4人で座っていればその仲間が世間で言う処の「恋人同士」と言う関係だと思って声を掛けるのを憚る筈が無い。 そして声を掛けられた方のフィーリングだとか懐具合だとかが相手と合致すれば、後は言うまでもない。
いつも俺をリードし翻弄する悟浄の手練手管がこうした夜の街で培われたものだと言うのは分かっている。
・・・分かっているのだ。
悟浄にとって俺はゴ○ブリホイホイに引っかかったバカな害虫の一匹に過ぎない事くらい。 甘い匂いに釣られて脚を踏み出して揚句死ぬまで其処で藻掻く事になる頭の悪い虫の仲間に過ぎない事くらい。
薄い服を纏った女の振りまく不快な匂いを消す為に煙草を銜えて席を立ち、気が付けば宿の部屋にいた。 知らぬ間に顔もロクに見なかった女は失せており、そして悟浄の姿も見あたらなかった。


袂から煙草を取り出し先端を机の表面に叩き付けようとすればそれは脆くも根本から折れた。 否、ひしゃげた箱の中で既に折れていたらしい。 袂に突っ込みっ放しにしていたから頼んだ訳でもない妖怪達の歓迎を退けた時にでも箱が潰れたのだろう。 ばらばらと茶色の細かい葉が机に零れるのを放っておき手持ち無沙汰にライターを弄ぶ。 数日前煙草屋でオマケだとかで貰ったばかりのオイルがたっぷり残っている真新しいライターは然し火を点ける対象が無ければその存在は無意味だった。
「・・・クソっ」
忌々しい思いで立ち上がり煙草を買いに部屋を出ようとした時、自分の手がドアノブに触れるより先に扉が開いた。
「・・・アレ。どっか行くトコロだった?」
目の前に立っていたのは八戒が日毎趣向を変えて拵えるクジで本日の同室者に当たった赤河童だった。
「煙草」
短く言い置いて悟浄の横をすり抜けようとすると
「ちょーど良かった。アンタの分も買って来たとこ」
唇の端を吊り上げて笑いながら目当ての物を差し出して来たので部屋を出る理由が無くなってしまい仕方なく室内に戻った。
「・・・あの女はどうした」
受け取ったばかりのパッケージをそそくさと破りながら訊ねる。
「あ?店で別れたじゃん」
見てなかったの?
続けて言われたが全く記憶になかった。
「折角三蔵と一緒の部屋なのにオンナの処にしけこんだりしねえよ」
つまりそれは、今日の部屋がこんな二人部屋なんかではなく個室だったらあの女と・・・と言う事だろう。
「あっ、ちげーよ。三蔵と一緒の部屋じゃない時でもキレーなお姉さんのお誘いは断ってるって」
手元の煙草に意識を集中して顔を上げないようにしていると視界に突然悟浄の手が現れた。
「あっ、こら・・・」
取り出しかけた煙草を手の中から奪い取られ抗議の為に開いた唇は悟浄のそれによって塞がれた。
「ん・・・」
角度を変え何度も貪られる濃厚な口付けはいつも容易く熱を煽る。上手く息が出来ず苦しくなった頃漸く唇を開放された。
「あ、そだ。酒買って来たんだ。飲むだろ?」
「ああ・・・」
ぱっと身体を離すと先程迄の口付けが嘘のような気楽な声で態度を切り替える。 スイッチが切り替わったかのようなこの態度の変化も後腐れの無い遊びの関係に馴れたものに思えていつも居心地が悪いのだが差し出されたグラスを素直に受け取った。 先程の店に置いてあったビールはこの地方の地ビールと言う事だったが味が薄くてどうにも物足りなかったのだ。 わざわざコップに移し替えて渡された事を多少訝しくは思ったが一息に飲み干した。
「・・・?」
口の中に飲み馴れたものとは違う麦の風味の濃く出た味が残る。
「あ、コレも地ビールだって。さっきの店に置いてあったのとは違うメーカーの。 ここって地ビールメーカーが幾つもあるらしいぜ」
「そうか」
地ビールは製造ロットの関係だとか品質だとかの関係で缶ではなく瓶詰めで売られている事が多い。 悟浄が新しい小瓶を開けるのを見てコップで渡された理由を知り成程と思った。
味がどうだとか言いながらコップを傾け悟浄が持ち込んだビールを短い時間で飲み切る。 空になった安物のコップを俺の手から抜き取りそれが合図だとばかりに悟浄がのしかかりながら口付けを再開する。 寝台のごわごわするシーツの上に身体を押し付けながら悟浄が法衣の帯を解き袖を引き抜くと剥き出しになった肌が寒さに震える。
「あ・・・」
悟浄が耳のすぐ下に吸い付く。跡も残らない程の強さで触れられる唇は、 然し常のように快楽を産み出す事はなく。
「待て」
「だぁめ」
暖かい筈の悟浄の呼気が素肌に降って来ても何故かその温度を感じない。
「やめ・・・っ」
悟浄の肩を押し返そうとする指先に痺れを感じる。
「ね・・・気分はどう?」
耳朶を甘噛みながら訊ねて来る声。いやらしく身体を這い回る悟浄の大きな掌。 先程は口付けだけで身体の裡から上がって来るのを感じた熱が、何故か今は灯らない。
気分・・・?
気分は・・・。
「やめっ、」
必死に顔を背け悟浄の手から逃げようとするがやんわりとその腕を掴まれる。
「バカ、離せ・・・気持ち悪ぃ・・・」
吐き気がする。
俺の上から退く気配のない悟浄から何とか腕を振り払い口元に手を当てると漸く悟浄が僅かに身を離した。 その身体を突き飛ばそうとした筈だが大して力が入らず弱く押し退けるに終わる。 だがそれで充分だった。寝台から転がり落ちるように逃げ出し背中を丸めて洗面所に駆け込む。
洗面台の白い陶器に縋り付くように両手をつくと胃の中の物が咽をせり上がって来た。 陶器を汚しながら吐瀉物が洗面台に音を立てて飛び散っている筈だが耳までもがバカになっているらしく音が酷く遠く聞こえる。 勢い良く水を流し少し前に自分が口にした消化されきっていない元は食い物だった色とりどりのカケラを見ながら当分酢豚は食わない事にしようとぼんやり考える。
「    」
姿勢を崩しそうになり洗面台に掴まる指に力を込める。手を離したら床に座り込んでしまいそうだった。
「・・・・・・」
再度ふらつき、悟浄が肩に手を置いている事に漸く気付く。 否、顔を見た訳ではなかった。この部屋には自分の他には悟浄しかいない筈だから自分に触れているのは悟浄の筈だ、 そう推測しただけだ。顔を上げようとしたが再度胃の中のモノが逆流して来る感覚に洗面台の上に屈み込む。
「三蔵、水飲んで」
俺の肩に片手を置いた侭悟浄が出しっ放しの水道水にコップを差し出し水を汲み、冷えたガラスの縁を俺の口に押し付ける。 抗う事も出来ず上を向いて言われる侭に美味くもない水を咽に流し込む。
が、再度込み上げて来る嘔吐感に顔を背け胃液混じりの水を吐き出す。
「飲んで。もっと飲んで全部吐いて」
「・・・・・・?」
途切れ途切れに先程の酒に催淫剤が混入されていた事、 そしてこの気分の悪さはそのクスリの所為らしいと聞かされながらもう飲めねえよ、と言う迄コップを唇に押し付けられた。 飲み下しきれなかった水道水が口元から零れアンダーシャツを冷たく濡らしていたがそれすらも気にならなかった。
吐くものがなくなっても吐き気は収まらず、気分の悪さから逃れるように法衣が皺になるのも頓着せずに意識を手放した。







目を覚ましたのは夜明け前らしく未だ室内が仄かに暗い時間だった。
視界の端に写る一面の赤に狭いベッドに身を丸めるように悟浄と二人で横たわっている事を知る。 昨夜の事をぼんやり思い出しながら起き上がってみれば着替えた記憶は無かったが寝間着に着替えさせられていた。 ベッドに自力で入った記憶も無かったから恐らくこいつが寝かせてくれたのだろう。
迷惑を掛けたと一瞬考えたが昨夜朦朧とする頭で拾い上げた悟浄の切れ切れの言葉を思い出す。 脳の覚醒に伴いそれらの言葉の意味がじわじわと浸透して来る。
そうだ、クスリを盛られたのだ。このクソ河童に。
催淫剤と言うモノの存在は知っていた。治安の悪くなった昨今、 例えば店を営んでいた妖怪が自我を失って消え失せた後の一等地を買い付けるのは金回りの良い余所者で、 賑やかな商店街のただ中にそういったモノを扱っている店が並んでいるのを見る事も珍しくなくなった。 容易に手に入るものだとは分かっていた。
が、それを実際自分で使う日が来るだなどとは思った事も無かった。
アホ。死ね。死んじまえこのバ河童。
「・・・ん・・・」
深く溜息を吐けば見下ろす視線の先で赤河童が身じろぎをする。
酷い目に遭ったと思うのに、そんなクスリを使いたくなる程俺はヨくないのかと、 こいつにとって面白みも何もないと言う事かと思うと胸の裡が冷たくなる。
そんな風にこいつの一挙一投足に一喜一憂してしまう自分に腹が立ち、 河童がくるまっている毛布を乱暴に剥ぎ取りその上に馬乗りになる。
「うわ・・・っ!?ナニ?」
流石に目が覚めたらしく悟浄が身を起こそうとするがその身体から退いてなどやらない。
「死ねクソ河童」
そんなクスリなんか使わなくたっていつも俺は充分お前に翻弄されているのに。
だがムカつく河童にそんな事を教えてやる必要は無い。
だから言葉にする代わりに河童のシャツを捲り上げ裾から手を入れて素肌に触れる。
「さ・・・三蔵・・・?」
事態を把握していないらしくぽかんと悟浄がマヌケに口を開けるのに。
乱暴に口付けて唇を塞ぐ。






戻る続く

閉架書庫 kitori様による企画「歓迎光臨」に参加させて頂いた時の作品その2。 ダブるも何も書くぞ!と思った事の無いテーマだったのですが敢えて書くとしたら・・・?と思った時考えたのは 「薬って人によって副作用出たり体質に合わなかったりするよね」と言う事でした。



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