must be kept
夕飯の時間をとっくに過ぎた頃三蔵が一度起き出していたと悟浄が告げたのは、当の三蔵が不在の翌日の朝食の席だった。
あぐ、と大口を開けて藤製の籠に盛られた自家製のくるみパンをほおばる悟浄に八戒がそれで三蔵は、と尋ねる。
「風呂入ってから夜中に寝て、そんでまだ寝てる」
「起きたついでに起こして下さいよ」
「いや、だって良く寝てたし」
「ここ数日三蔵がロクに食べてないのは知ってるでしょう」
珍しく厳しい口調で八戒が咎める。
「起きてから喰わせたって良いじゃん」
「大体昨日三蔵が起きた時に教えてくれれば良かったんです。言ってくれたら何か用意したのに」
「いや、まだ具合悪そうだったから・・・」
八戒の勢いに気圧されるように段々と悟浄が肩を縮こませて行くのを俺は黙って見ている。 ここでヘタに口を出したりすれば悟浄が「助かった」 とばかりに俺に喧嘩を吹っ掛けて来て話をウヤムヤにしてしまうのが分かっていたから。
悟浄は一応「悪い」とはすぐ口にするけれど、その後すぐ「でも」とか「だって」とか言って、自分は悪くなんかないと主張したがる。
おかしいの。
自分は悪くないと思ってるんなら謝らなきゃ良いのに。
本当に悪いと思ってるんなら素直に謝れば良いのに。
「まあ、良いです」
居心地の悪そうな悟浄の姿に取り敢えず八戒は満足したらしく、ふーっと大きく息を吐き出した後、 お茶をもっと如何ですか?と笑顔で尋ねた。





その日昼近くなって漸く起き出して来た三蔵に八戒はしょうがと鶏肉のササミと三つ葉をトッピングした五穀米の粥をにっこり笑って差し出した。
「食べるまで見てますからねv」
「・・・そんなに喰えるか。おい、サル」
「うわあ、美味そー」
助けを求めるかのようにさりげなさを装って俺の前に三蔵が器を動かす。具沢山の温かな粥は、お世辞ではなく美味そうだった。
「悟空の分もありますから沢山食べて下さいね」
八戒の台詞に、俺の隣でちっと三蔵が短く舌打ちするのが聞こえた。



そんなに喰えないとの言葉通り、三蔵は苦行か何かのようにむぐむぐ、 ごっくんと言うカンジで殆ど噛まず何口か粥を呑み込んだだけでお茶を飲んでから席を立った。 八戒はもっと食べてくれないと困りますねえ、と言っていたがそれでも一応三蔵が食事をした事にほっとしているのが分かった。
夜にはクコとセロリの小豆米のお粥が出て、今度は三蔵は丼の底に蓮華が当たるまで食べた。 食欲らしきものを示し始めた三蔵に八戒は喜んでいたが三蔵がちゃんと飯を喰う事に安心したのは、悟浄も俺も同じ事だった。
翌朝には三蔵は豚の角煮を載せた玄米粥を一人前きちんと食べ終え、お茶を飲んだ後「出発するぞ」と宣言した。
宿にいた間三蔵は殆ど眠っていたのだと同室の悟浄が言っていた通り、 ここ数日と言うもの絵の具で描いたみたいに三蔵の目の下にくっきり浮かんでたクマも消えていた。 三蔵が元気になって良かったと素直に俺はジープの後部座席に乗り込んだ。





「待っていたぜ、三蔵一行!」
刺客の登場パターンには幾つかある。宿でくつろいでいる時に騒々しく窓ガラスをぶち割る、 同じく宿で眠っている深夜にこっそり部屋に侵入して来る、街の人間とグルになって罠を仕掛けて俺達をおびき出す、 そしてこれが一番多いパターンなんだけど昼日中の待ち伏せ。 遠くから大砲だの矢だの使えば良いのに(そんなもの使われたら厄介だけど)堂々と姿を現して数を恃みに襲い掛かって来る奴ら。
俺達が揃って降りるが早いかジープは白竜の姿に戻り空高く飛び上がった。 掌に熱量を集め如意棒を召還する。宙に現れた如意棒をぱしりと音を立てて掴んで握り締め、その確かな感触を感じ取りながら走り出す。
「うおおおおー!」
鈍い手応えと共に地面に沈み込んで行く妖怪達のカラダ。 地に崩れ落ちる最後の瞬間まで目で確認する事もなく次の敵に向かい如意棒を振りかざす。 アタマで考えるよりも先に向けられた殺気をカラダは敏感に感じ取り、 敵の姿を視界に入れるよりも前に次に自分が向かうべき敵の数が頭の中の何処かで無意識にカウントされて行く。 目の前の敵に対峙しながら既に次の敵にどう対処するか、考える事もなく自然に次の動作に移るのにロスの少ない体勢で如意棒を突き出す。 左足で踏み込み右手を軸に振り下ろした如意棒が敵の頭蓋を叩き割った事で勢いが殺されるのを、 左手首を捻って如意棒を跳ね上げくるりと回す。今度は右足に力を入れて半身を回転させその勢いと共に如意棒を横凪ぎにする。
長安のあの寺での修行僧達の鍛錬なんかではこう言った動きは出来なかった。 俺の動きに附いてこれるのは八戒と悟浄と、そして三蔵だけだった。
そう言えば、三蔵は?
戦闘に夢中になっていた意識を三蔵に戻す。視界を巡らせた一瞬に体勢を崩す悟浄の姿が見えた。
「悟浄っ!」
利き腕を押さえた悟浄の姿にそちらに走り寄ろうとすると
「俺は良いから三蔵をっ!」
そう悟浄が叫んだ。
三蔵?三蔵は・・・?
いた。
悟浄からそう離れてはいない処で地面に片膝をついている。
何で!
三蔵!
叫び出しそうになりながら短い時間で確かめる。怪我はない。怪我はしていないように見える。
畜生!
どれだけ平気そうに見せていても先日三蔵は倒れたばかりだったんだ!
そちらに走り寄ろうとすると三蔵が顔を上げて銃口を俺の方に向けるが避けはしない。
ガウン!
耳を掠める銃声に続き背後の妖怪がどさりと倒れる音。三蔵に意識を向けている間に、何時の間にか妖怪に距離を詰められていた。
「三蔵ッ!」
「うるせえ。足が滑っただけだ」
ふらつく脚で三蔵が立ち上がるのに慌てて背中合わせの位置に回り込む。 少し高い場所から聞こえて来る三蔵の呼吸が乱れている。
畜生、畜生・・・。
意地っ張りな三蔵が体調の悪いのを隠してるなんて昔からよくある事だった。
メシを食いたくないと何回か続けて主張した後の三蔵が朝、起きる時間になっても起き出して来ないのに声を掛けたら凄い熱を出していたり。
身体が動く限り三蔵は無理を続ける。
逆に言ってしまえば、三蔵の無理の利かなくなった時、それは三蔵の意思を裏切ってその身体が動かなくなった時だ。
三蔵に早く元気になって欲しいと思っていた、その自分の気持ちが目を曇らせた。
三蔵が平気な振りをしているだけだと思いたくなかった。
そんなバカみたいな思い込みで三蔵の側を離れるなんて、俺は本当にバカだ。
自分への怒りを、俺は向かって来る敵へとぶつける。
「一人怪我してるぞ!」
「ひゃははは、やっちまえ!」
雄叫びに声のした方をちらりと視界に入れる。
利き腕をやられている所為で動きが少しぎこちない悟浄に、妖怪達が包囲を詰める処だった。
ガウン!ガウン!
悟浄に気を取られていた妖怪が、思いもかけない方向からの攻撃に血飛沫を上げて倒れ伏す。
「ク・・・っ!」
「三蔵法師はこっちだ!」
二人が何処まで計算していたのか、それとも偶然だったのかは分からない。
「雑魚は後回しにしろ!三蔵を狙え!」
系統立っていない、その場限りの思い付きのような叫び声に、然し、生き残った妖怪達は一瞬戸惑い、目標を定め損なう。
その瞬間、悟浄がに、と笑うのが見えた。
悟浄の錫杖の鎖は、手元で溜めている時と、手元に戻って来た時しかその重い音がしない。 びゅ、と悟浄が腕を上げて錫杖を振るうのに銀光の先で妖怪がばたばたと倒れて行く。
「雑魚で悪かったな」
面白そうに口の端を上げて笑いながら悟浄が告げる。 その手元に孤を描きながら妖怪を切り刻んでいた月刃が戻り、じゃりん、と音を立てる。



それからの戦闘はあっけないものだった。
形勢逆転、とばかりに一方的に攻めて攻めて攻めまくった戦闘の後、一見持ち直したように見える三蔵と、 ジャケットを切り裂かれた侭の悟浄を見比べて、八戒は悟浄に向かい足を進めた。 悟浄の傷を塞いだ後、掌を翳そうとする八戒に三蔵は「いらん」と素っ気なく告げた。 実際、悟浄が庇った所為だろう、三蔵は怪我一つ負ってなかったし。
「じゃあ、出発しましょうか」
小さな溜息と共に八戒が宣言する。





その後は刺客に出会う事もなく無事に次の街に辿り着いた。
「三蔵、部屋割りは・・・」
話し掛けられるのに、三蔵は差し出された鍵を無言で片手で掴む。
「行くぞ、サル」
「え・・・、うん」
気付いていなかったがどうやら今日は二人部屋らしい。俺が附いて来るか確かめもせず先に立って歩く三蔵の後を急いで追う。
どさりと乱暴に部屋に荷物を投げ込んだ後、ほ、と小さく三蔵が息を漏らした。
その仕草に、本当はまだちっとも具合が良くなんかなってないのを、八戒の小言を逃れる為か、悟浄のからかいを避ける為か、 或いは両方かも知れないが、とにかく三蔵が今まで気を張り詰めた侭でいた事を改めて知った。
「三蔵!」
「わめくな。てめえの声は頭に響くんだよ」
そう言って三蔵はわざとらしく額に手を当てる。
「八戒呼んで来ようか・・・?」
「いらん」
答えながら三蔵は袂をごそごそと探って煙草を取り出す。
「でもさ」
「うるせえ」
今度はフリだけじゃなかった。一瞬目を細めてから煙草を取り出す手を止めて三蔵が再び額にその指を当てる。
「やっぱ俺、八戒呼んで来る」
こんな時俺は何もしてやれねえもん。少し悔しいけど、俺に出来るのは三蔵が意地を張ってるのを見極めて八戒を呼んで来る事くらいだ。
もう、間違えたくない。
具合の悪い三蔵からそれとなく離れない位置で三蔵を護っていた悟浄。
悟浄のいた位置にいるべきだったのは俺なのに。
俺が、三蔵の事を一番良く分かっていた筈なのに。
もう、三蔵が大丈夫だと言い張っても簡単に騙されたフリで安心したりしない。
「バカが。俺がうるせえっつってるのはお前の声だ」
「そんなに騒がしくしてねーじゃん!」
大声を出してから、しまった、と思う。咄嗟に、振り下ろされるハリセンに備えて上半身を後ろに逃がす。
「・・・・・・・?」
だが、何時まで待ってみても俺の身構えていた衝撃は訪れず。
「ちょ・・・三蔵っ!」
ぐしゃぐしゃと、唐突に乱暴な程の仕草で髪を掻き混ぜられる。
「大袈裟に騒ぎ過ぎなんだよ・・・八戒も、お前も」
片目だけを眇める三蔵の癖。その、見慣れた表情で三蔵が呆れたように溜息と共に吐き出す。
それが、別に三蔵を心配する俺達の前でだけ格好付けて平気なフリをしようとしてるだけじゃなくて、 本当にあまりにも三蔵の事を心配し過ぎる俺達に呆れているのだと分かって俺は頭を下げる。
でも・・・俺は間違ってなんかねーもん。
誰かがダメだって言って止めてやらなきゃ三蔵は止まらない。
謝る必要なんかねーのに。
そう、思っているのに俺は、三蔵の人をバカにしきった顔を見ているのが、三蔵が俺をバカにしているのがイヤで。
「・・・ゴメン・・・」
思ってもいない事を口に出す。これじゃあのアホ悟浄とおんなじだ。
フンと得意気に鼻で笑って三蔵は俺の頭から手を放す。

その、勝ち誇ったような表情はとても好きだと思う。

鉄の螺子」の続き。

dizzy」に続く。

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