鉄の螺子
「・・・・・・」
頭が痛かった。
眠り続けていれば少しはラクになるかと思った頭痛は目を閉じて横になっていても一向に収まる気配が無く、 仕方なしに目を開けてみれば一面に広がっていたのは青い空だった。 自分は呑気にピクニックでもしていたのかと惚けた事を一瞬考えるが地面に直に横になっているのに遅れて気が付き状況を把握する。
長く続く敵襲に、認めたくはないが体力が限界を迎えていた。弱った体は食事もロクに受け付けず、 喰わない事自体はどうでも良いと思っている自分の脳とは裏腹に体は栄養分が不足しているのだと低血糖による頭痛をしつこく訴えて来ていた。
まるで岩牢の中にいた悟空の声が聞こえていた時のように寝ていても起きていても頭の中で音がわんわん鳴り響いていた。 喧しいバカ猿が、と睨み付けてみればきょとんとしたツラを返すので悟空が俺を呼んではいない事 ──つまりこの不快な音は俺の頭の中で勝手に鳴り響いているのだと言う事が分かった。
メシを喰わなければ身体が弱って行くばかりだと言う事は分かっていた。 自分が好むか好まないか、そんな事は捨ておいても。 だが実際目の前に出された食事を見てもどうにも食欲が湧かず、 と言うか殆ど眠らず気を張り詰めた侭でいた所為だろう、 不思議な程一向に腹も減らず咽も乾かないのを良い事に必要最低限の水分しか口にしなくなって数日を経ていた。 昼となく夜となく襲い掛かってくる狂った妖怪達を退けながら眠りもせず水分だけ摂取していたのでは当然体力も体調も回復する筈が無い。 そんな時仕上げとばかりに大量の人員を配置した襲撃に遭った。
敵を一掃した後脚を踏み出した途端意識が遠のいて行き地面に膝を着いたのを最後に記憶が途切れていた。 弱り切った体では矢張り経文を発動する際の負荷を持ち堪える事が出来なかったかと他人事のように考える。 倒れる前に目にした光景とは違うそれに、どうやら自分が誰かに介抱されこの場所に横たわっているのだろうと推測した。
「三蔵ッ!」
意識を取り戻したのにいち早く気付いたらしい悟空が殆ど覆い被さらんばかりにアホ面で視界を遮る。
「公害だ。退け。サル」
「ひっでー」
見ず知らずの誰かに拾われた訳ではなく下僕共に回収されたのだと確信し僅かに緊張を解きながら手で払いのけるようにすると頬を膨らませながらも悟空は退いた。
「悟空?三蔵目が覚めたんですか?」
「あ、うん!」
振り返り答える悟空の視線の先から白竜の姿のジープを肩に載せた八戒がこちらに向かい歩いて来る。
「気分は如何ですか?」
気遣うような優しい笑顔を浮かべるのに「病人扱いするな」 と言ってやろうと身を起こそうとするが腕に力が入らなくて体を支えきれず弱りきった自分の躯にぞっとする。
「今日の日の為に刺客の方々は結集していたようなので暫く襲撃は無いと思います」
だから慌てる事は無いのだと言葉に出しては言われなかったが。
「いーから寝てろっつうの」
唐突に乱暴に頭を鷲掴みにされ半ば起き上がりかけた姿勢から先程迄横たわっていた地面に再度押し付けられた。 否、地面ではなく生温かい・・・。
「!!」
あろう事か俺は悟浄の膝枕で横になっていた。
「・・・っこのっ!離せクソ河童がああああッ!」
怒りと羞恥に声を張り上げると勝手に躯の方が反応したようで先程までの怠さも瞬時に消え失せ跳ね起きてハリセンを握り締め河童の頭目掛けて振り下ろす。
「クソ坊主!礼の一つも無しかよ!」
「頼んじゃいねえだろうがっ!」
ばしばしと連打されるハリセンにもめげず悪態を吐くクソ河童の口の端が小さく上がっている。
「・・・・・・っ!」
「痛てーっ!」
べし、とその鼻っ柱にハリセンを叩き付けるのと同時に慌てて起き上がり顔を押さえてその場にしゃがみ込む河童に背中を向けた。

「なーなー、三蔵。その木実が成ってるんだけど喰えるかな?」
その、と指差されるのに振り返ると先程まで俺がいたのは木の根本だったらしく背後に幹の太い樹が枝を伸ばしていた。
「喰いたきゃ喰え」
「やったー!美味いかな?」
「美味いとは言ってねえ」
「毒があるんじゃないでしょうね」
そんなものを薦めないで下さいよ、と八戒が口を開く。
「毒はねえがそれだけだ。喰っても美味くはねえがサルに喰わせるなら充分だ」
「ひっでえのー」
頬を膨らませて悟空はよじ登りかけていた樹から降りた。






暫しの休憩の後その場を撤収しジープに乗り込んだ。向かう方向は言う迄もなく西だ。
眩暈が止まなかった。目を閉じても矢張り浮遊感が消えず体が横になりたいと訴えていた。 ジープのシートに全体重を預け少しでも楽な体勢を取る。 移動中いつもは喧しいバカ騒ぎを繰り広げる猿と河童にも不調はバレているらしく後部座席のバカコンビは珍しくも押し黙った侭じっと座っていた。 気遣われている事がどうしようもなく不愉快だったが何ともないフリをするだけの体力も残っていなかった。
目を閉じれば風に紛れて聞こえる自分の浅く早い呼吸。
忌々しい程に脆弱な体。






暫く襲撃は無いだろうとの八戒の読み通り、 ここの所しつこく続いていた遠くからこちらを伺う獲物を狙うようなねばついた視線は感じなかった。 それすらも罠かも知れないと薄く疑いはしたが辿り着いた街で久し振りに宿を取り二部屋に別れ早々にベッドに潜り込んだ。 体調を気遣われるのはご免だったが「眠い」と言い捨てて。
実際眩暈が余りにも酷くてジープでは眠ることが出来なかった。 否、横になってみても相変わらず浮遊感などと言う言葉だけでは説明の付かない、 自分の頭の中に脳が収まっているのだとは思えない程他人事のように肉体と神経が分離しているような不快な感覚があり容易く眠りは訪れてくれなかった。 それでも壁を向いて布団を引っ被っていると悟浄が寝台の端に腰を降ろしマットレスが傾ぐ。
ふざけんなてめえ俺は眠るっつってんだぞ無理矢理ヤル気かそんな事しやがったら即ぶっ殺ス。 そう内心で決意を固め寝たフリを続けていると突如悟浄が俺の頭を撫でた。
うぜえ。
むっとしたので頭から布団を被り直すと悟浄の手が離れる。
「ね、あんたどうしてそんなにムチャすんの」
数秒の後布団からはみ出している毛先に再び指先で触れながら悟浄が思いもかけない優しい声色で話し掛けて来た。
余計な世話だ、口を開くのも億劫なので内心だけで言葉を返す。 返事をしなかったのは悟浄の言葉が何処か独り言じみた響きを伴っていた所為もある。
眠っているとは思っていないだろうが寝るのを邪魔しないよう遠くからそうっと掛けてくるような声色だった。 下僕共は3人揃ってピンピンしてるのに自分だけがこうして横になっている。 それでも無茶をしていると言われ気遣われている自分が惨めだった。
「そんな事したって誰もあんたの事エライねって言って誉めてくれるワケじゃないのに」
うるせえな。誰も同情してくれともましてや誉めてくれなんて頼んじゃいねえだろうが。
「それとも誰かがあんたの事良くやったねって言って誉めたらムチャすんの止めてくれるの」
・・・最悪だ。
つまりそれは、俺が何かの見返りの為にがむしゃらになっているのだと、そう見える程みっともないと言う事か。
収まらない眩暈も力の入らない四肢も全て自分のものとは思えない程全てを遠く感じる中、 ぽつりと呟かれた悟浄の言葉だけが俺の中に落ちてくる。脆弱な肉体の殻を突き破り身体の真ん中に。
同じ行程で一人だけぶっ倒れて脚引っ張ってるのが無様だなんて、 ぶっ倒れる迄見境なく意地張ってんのが無様だなんて俺だって分かってんだよ。
それ以上悟浄の言葉を聞きたくなくて何処か苦いものの混じった悟浄の言葉が降りて来た辺り、 胃の腑に熱を感じながら俯せに寝転がり直し蓑虫のように頭からすっぽりと布団を引っ被る。 悟浄の指が触れないように。布団を引っ張り上げ過ぎた所為で脚が布団からはみ出たが体勢を直すのも面倒くさかった。
この旅の間に馴染みのものになった、吐くものも無い侭込み上げてくる嘔吐感をきつく目を閉じて堪える。
四肢を弛緩させる事も無く布団を握り込めた指先から力を抜く事も無くただ横たわっていると漸く悟浄が寝台の傍らから立ち上がり、 傾いていたマットレスが自分だけの重みを受けて真ん中のみが沈み込む。 その侭離れて行くのかと思ったら悟浄のヤツは布団の裾を直して俺の足先がはみ出さないよう布団を掛け直し、 それから枕元に戻って来て布団の上からふわりと頭を撫でた。
優しくされるのは嫌いだった。
だから眠っている事にしようと思った。
俺が寝ている間に勝手に悟浄が頭を触っているのだと、だから俺は悟浄が何をしているか知らなかったのだと、 そう決め付けて意識が昏くなるに任せた。
甘ったるい優しさなど、俺は欲しくはないのだ。

体温」の続き。

低血糖の頭痛って取り敢えず血糖値高くなれば良いやと甘いもの食べても駄目なんですご飯食べないと。 他の方はどうなんでしょう。

must be kept」に続く。

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