体温
意識の無い三蔵を抱きかかえた侭、
敵襲に逢って散り散りになる前に居た場所目指して戻る途中俺らを探しに来たらしい八戒と悟空と運良く合流出来た。「三蔵・・・ッ!」
「悟浄、三蔵は・・・っ!?」
いつもだったら自分で歩いている筈の三蔵が俺の腕の中にいると言う事、 そんな姿を見られたら即降ろせだの何だのぎゃーぎゃー騒ぎ出す筈の三蔵が何も言わない事、 そしてそんな三蔵の瞼が閉じられている事。俺達の姿を見て八戒と悟空は遠目にも分かる程血相を変えた。
「怪我はしてねえみたいだけど目え覚まさねえんだコイツ。早いとこ見てやってくれよ」
仲間の姿を見て漸く安心した所為か腕の中の身体が途端に重く感じる。 幾ら細身とは言っても錫杖よりはずっと重たい男の身体だ、 その上意識が無くて全体重を俺に預けている格好の三蔵をずっと抱えているのは正直、キツかった。
「ええと、じゃあこっち、木の根本辺りへ運んで下さい。大丈夫ですか?」
まだ腕は保つかと訊ねられるのに意地で「ああ」と笑顔さえ浮かべて答えて見せる。
「悟浄、俺変わろうか」
「いや、あとちっとだからな」
ちっこいナリの割に悟空がバカ力だと言うのは分かってるが三蔵よりもちびっこな悟空に三蔵を預けるのはちょっと心配だった。
「よ・・・っと」
威勢良く葉を茂らせている木の根本、草の上に三蔵を降ろすが早いか八戒と悟空が揃って覗き込む。
「血が・・・」
「いや、ソレは返り血みてえだわ」
三蔵の頬に残る血の痕が怪我によるもので無い事は確認済みだった。
「悟空、タオル濡らして来て下さい」
「分かった」
悟空がくるりと背中を向けるのと同時に八戒が三蔵に「気」を当て始める。
「八戒、コレ」
「拭いて下さい」
差し出されたタオルに気を当てる手を休める事なく八戒が悟空に指示する。 こびり付いた血が拭い去られた下に傷口が無い事を確かめて悟空と八戒がほっとする。
「お前もあんま無理すんなよ」
長く続いた敵襲に体力を減らしてるのは八戒だって一緒だ。
「大丈夫です」
顔だけこちらに向けて八戒がへろっと笑う。意地ッ張りはこいつもだ。意地っ張りな三蔵一行。 リーダーからしてコレだから仕方ねえのかも知れない。
ふうっと息を吐いて八戒が三蔵に近付けていた掌を離すが未だ三蔵の意識は戻りそうになかった。
「この侭少し休ませましょう。三蔵、ここの所寝てなかったですし」
「そうだな・・・」
言いながら八戒が立ち上がるのに短く答える。
「悟空、近くに川か何かないか探して来て貰えますか?」
「分かったっ」
元気の良い返事と共に悟空が駆け出すのを待って其処から離れる代わりに座り込み眠っている三蔵の頭の下に足を割り込ませる。
「悟浄、何を」
「枕代わり。この方がラクっしょ」
「目が覚めたら怒るんじゃないですか?」
「だから良いんじゃん。イヤがらせになるでショ」
笑って見上げると呆れたように溜息を吐かれたが八戒は思い直したように傍らにしゃがみ込んだ。
「三蔵、痩せましたね」
「・・・そうだな」
毎日顔を突き合わせてる所為でそんなに気にしてはいなかったが言われてまじまじと寝顔を覗って見れば確かに三蔵の頬からは肉が落ちていた。 木陰にいる所為っつうだけじゃなくまだ大分顔色も悪いように見える。 三蔵は元より細いからこんなもんだろうと思い込んでいた訳なのだが一体何時からこんなげっそりしたツラになっていたのか思い出せなかった。
「最近は殆ど食べてませんでしたし」
「まーな」
八戒の声が暗い。 だが三蔵が腹が減ってないだのなんだの言って一食二食メシを抜く事は以前からそう珍しい事ではなかったのでこんなに弱っていたと気付かなかったのは俺も一緒だ。 4人で火を囲んで地べたに腰を降ろして悟空とメシの取り合いしてりゃ取り敢えず三蔵が皿を手にしてればどれ位喰ってるかなんて気にするヒマも無かった。
「知ってます?アルコールの類も殆ど飲んでなかったんですよ」
「あー、そりゃあ何時敵さんが襲い掛かって来るか分かんねえしな」
「違うんです。もしかして体調が悪くて飲めなかったんじゃないでしょうか」
「・・・考え過ぎじゃねえの?」
三蔵の顔を見下ろし心配そうに眉根を顰めているであろう八戒の横顔を見ない侭答える。
「そうでしょうか」
「そーそー。大体メシも喰えねえ程びりびり気い張り詰めて倒れてりゃ世話ねえっつうの」
「三蔵が聞いてたらぶん殴られる所ですね」
「いーんだよ」
俺をぶん殴る元気がある位の方が。
とっくに目え覚まして俺にこんな台詞吐かせるに任せておかない位の方が。
膝の上に載せている三蔵の頭から伝わって来る体温が無ければ不安に感じてしまう程弱り切った姿を見せられる俺達の身にもなってみろ、 クソ坊主。
「はっかいー!向こうに川が・・・」
突如聞こえて来た悟空のでかい声にぎょっとして顔を上げる。 傍らで八戒も慌てたように口元に指を立てて「静かに」と声を出さぬ侭悟空に合図する。 起こさないようにと、気を遣われた相手の三蔵は未だ目を開けない侭で、それを確認した八戒は少し悲しい目をして笑った。