眼を覚ます前に
「八戒の誕生日っていつなんだ?」
エロ河童の誕生日にかこつけてテーブルの上を料理の皿で埋め尽くしたサルの誕生日なんだか河童の誕生日なんだか分かりゃしねえよ、 と言う様相を呈して来た食卓で悟空が尋ねる。 普段と違うのは目出度い時に食うものである饅頭「寿桃」が皿に山盛りになっている事だけだ。


笑って告げられた日付は既に2ヶ月も前のものだった。 恐らく誕生日を知ってはいたがその日を覚えていなかったのだろう、八戒の同居人であり主賓である悟浄が居心地悪そうにもぞもぞと肩を縮こめた。
「悟空はいつなんですか?」
自分の誕生日を綺麗に忘れ去られていた恨み言を言う事も無く八戒が笑顔で悟空に問う。
「んーと、4月5日!」
「そうですか、じゃあ悟空の誕生日の時は沢山御馳走を食べましょうね」
「やったあ!」
飯粒を口一杯に頬張りながら悟空がでかい声ではしゃぐ。
「落ち着いて喰えッ!」
いつも山のように喰ってんじゃねえか、とかその金は三仏神のカードから支払われるんだろうが、 とか内心呆れはしたが悟空の頭をハリセンで叩くだけに留める。 普段だったらこんな時すぐさまツッコミを入れるヘタレ河童が笑顔の八戒をちらっと伺ってから口を開きかけて止めるのを見ながら皿の上の寿桃に手を伸ばす。 どうせ河童は甘いモンは好きじゃねえだろうからヤツの分まで食っちまえ。
「三蔵は何時ですか?」
話の流れ上そのうち自分にも話が振られるだろうとは思っていたが、二つ目の饅頭を喰っている時案の定そう尋ねられた。
「さあな」
寿桃の表面が乾いていたのでビールで唇を潤してから答える。
「さあなって・・・」
「ナニよ当ててみろって?オンナノコみたいな事言うじゃん」
「死ぬかてめえ」
「えーっとね、確か」
「悟空」
ぽろりと口を開きかける悟空に黙っていろときつく名を呼んで制止する。誕生祝いなんてくだらん事俺には関係ねえ。
「で、ホントは何時よ」
「答える義理はねえな」
「てめえにゃ聞いてねえよ。おサルちゃん、ホラ言っちまえって」
悟空の肩に腕を乗せて内緒話でもするかのように顔を寄せる河童に不快感が募る。 誕生祝いなんぞに巻き込まれたくないと思っていただけだった筈だが河童のバカ面を見ているうちにこいつにだけは絶対教えたくないと思えて来た。
「余計な事を言うな」
「・・・えーっと・・・」
何が「えーっと」だ言うなっつってんだろうがバカ猿。ぎっ、と目に力を込めて睨み付けると漸くバカ猿も口を慎む気になったらしい。
「何だよサルは三蔵の言いなりかあ?」
「っうるせーなっ!」
煽るような河童の言葉に悟空は頬を膨らませて横を向いた。
「まあまあ悟浄」
八戒に宥められてチッとつまらなそうに河童は舌打ちをしたがそれで話を切り上げた訳ではなかった。
「どーせ三蔵の事だから実は木の股から生まれて来たとかじゃねえの」
不満気に唇を尖らせコップを傾けてビールを呷りながら悟浄が言う。
「・・・・・・」
どの道氏素性が知れないと言う点に於いては木の股も河流れも大差無い。 然しこの様子だとこいつは長安に流布する「当代の三蔵法師は拾われ子で親の名前も顔も知らない」 と言う、噂好きの者であれば耳にした事がある話を知らないらしい。 噂どころか真実であるそれを、知らないヤツが当たらずとも遠からずと言える答えに辿り着いた事を大したものだと思う。
「悟浄」
す、と目を細めて俺が口の端を上げるのと八戒が咎めるように名を呼ぶのと悟空の間抜けな問いが発せられたのとは同時だった。
「マタンゴって何だ?」
「・・・誰もんな事言ってねえだろうが」






飯を食い終わり宿へ戻る途中酒屋へ寄って買った抱える程の酒瓶を次々と空にした、主に八戒が。 クセが無くて飲みやすいと喜んで氷で薄めたブランデーを舐めていた悟空が盛大に舟を漕ぎ始め最後に椅子から転げ落ちて床に頭を激突させたがそれでも尚起きる様子が無いのでテーブルの上の或いは床に転がった酒瓶や空き缶を片付けてから幾ら飲んでも最後まで顔色の変わる事のなかった八戒が悟空を抱きかかえて部屋へと戻って行った。



「ちょっと飲み過ぎたかも」
「八戒と張り合うヤツがあるか」
寝台の上で大の字になっている河童を放っておいて風呂に入ろうとすると腕を掴まれた。
「・・・何だ」
上体を起こした悟浄に引き寄せられ覆い被さるような形で身を屈めさせられる。 問いに答えは無く飲み過ぎたとの言葉通り悟浄の口付けは酒臭く舌を絡められると最後に飲んでいたブランデーが香るように鼻に抜けた。 掴まれた腕を軸に乱暴に寝台の上に投げ出されるがこちらも飲み過ぎに近い位には酒が回っている、 スプリングに背を弾ませると天井がぐらぐらと揺れた。 文句を言う為口を開こうにも眩暈が酷く、 視界だけでなく脳内が揺れているような不快な感覚を堪える為目を閉じれば酔っていた筈の悟浄が俺の上に乗り上げ恐るべき早さで法衣を脱がせにかかっていた。
「待て」
制止しようとするが首筋を舐め上げながら悟浄が告げた。
「誕生日だし、オネガイきいて」
思わずその顔を見上げると酔いで少し潤んだ瞳は縋るような情けない目をしていた。
誕生日なんて祝う程のものでもないと思っていたのは自分だけだったのだと、 本当は悟浄は自分の生まれて来た事を肯定して貰いたかったのだと、その眼を見て気付いた。
考えてみればその存在を忌まれ幸福とは言い難い幼少期を送って来たであろうこいつが自分の存在を肯定して生きて来たとは想像し難い。 それでも「おめでとう」と言われ素直に祝われてやっても良いと思う程度には、 初対面の人間にいきなり自分は禁忌の子だと告げた己の出自に対してヒネていたあの頃よりは立ち直って来たと言う事なのだろう。
悟浄は俺がそんな表情を観察していると知らず真っ直ぐにこちらを見た後捲り上げた衣服の下の素肌に触れて来た。 急くように下肢に伸ばされる酔いで体温の上がった少し緊張したその手。

喘ぎ声を聞かせろと言うエロ河童らしいクソ恥ずかしい要求を、それでも俺は受け入れた。









部屋の外が明るくなって来た気配にふと目を開けた。 すぐ目の前に目を閉じた悟浄の顔を見付けどきりとするがそれも一瞬の事で、徐々に昨夜の事を思い出して来た。
所々記憶が途切れているが悟浄の肩に縋り付きながら自分のものとは思えないような声で莫迦のように幾度もヤツの名を呼んだ事は覚えていた。 名前程度で拾った犬っころのような嬉しそうな顔をするものだからはあはあとわざとらしい程息を荒らげてやるとヤツは妙に興奮してしつこい程に行為を繰り返した。 散々突っ込まれたソコが悟浄のモノで溢れかえっている筈なのに擦られ過ぎて痛い位になり自分が感じているのかどうだかも分からなくなる程に抱かれそれでも悟浄は達した後のそれを殆ど引き抜く事も無い侭執拗に出し入れを続けた。 こんなもの性交とも言えないただの自己満足の自慰行為だと遠くなりかけた意識の下でそう思った事は覚えている。 微かに風呂に入った記憶はあるがどうも詳細がはっきりしない。 疲れ切ってその侭寝入ってしまった訳ではないと思う、何しろちゃんと寝間着を着ている事だし。 然し面倒くさくなって着替えだけして眠ってしまったのかも知れない。いやまさかそんな筈はない。 だがどうにも確かに風呂に入ったと言う記憶が曖昧だ。
最悪だ。
少しでも悟浄から身を遠ざけようともぞもぞと寝台の端迄移動する。
寝転がって脚を広げていただけでもそれなりに体力は消耗するようで身体が鈍く重い。 盛大に酔っぱらった揚げ句裸で繋がっている処に敵襲が無くて良かったと今更ながらに思う。 深く溜息を吐こうとしたが酷く喉が乾いていて喉の奥に不快な痛みがある。 すうすうと無防備に安らかな寝息を立てる悟浄の寝顔をちらと見遣る。 回数こそバカのように多かったがいつもしているのと同じ事で誕生日を祝ってくれだなどと莫迦なヤツだと思いながら悟浄を起こさないようそっと毛布を捲り上げて身を起こし寝台から離れた。


冬に近いこの時期、夜の間にすっかり冷え切った早朝の水道水が喉を流れる感覚は覚醒を促すに充分なものだった。 気道から食道へ、そして胃へと冷たい流動体が流れ落ちて行く違和感に目を瞑った後、瞼を上げて目の前の鏡に視線を投げる。 それでもまだ何処かぼんやりした顔の寝起きの自分が映っていた。
「・・・・・・?」
寝ている間にすっかり袷の緩んでしまった寝間着の前をだらしなくくつろげる自分の姿に違和感を覚え目を凝らす。 やたら赤みの浮いて見える自分の胸元を気のせいかそれとも肌が上気しているのかと鏡に顔を近付けた後、 視線を降ろして自分の目でその肌を確認する。
「・・・ッ!」
驚愕のあまり続く言葉は声にならず途中で消えた。 急いで袷を更に広げてみれば胸だけでなく腹部の辺りにまで一面赤い痣が浮かんでいた。 舐め上げたり時折軽く歯を立てたりしながら悟浄が唇を這わせた場所にキスマークを残すのは珍しい事ではなかったが。
幾らなんでもコレはやり過ぎだろう。
一つ一つは小さなソレをこれだけの面積に一面に残した悟浄の粘着質な愛撫に呆然とする。 そう言えば腕・・・も吸い付かれていたような。
寝間着を肩から落としてみれば、こちらは胸元程酷くはなかったが矢張り上腕の内側、 比較的肉の柔らかい部分にも幾つものキスマークが残されていた。
それだけではなく。
恐る恐る寝間着の裾を太股が見える高さまで捲り上げてみると、大腿部の内側にも一つ二つとか言う可愛い数ではない痣が残されていた。
「く・・・ッ」
ぶるぶると怒りに震える手から摘み上げていた寝間着の裾が滑り落ちて行く。
もう二度と河童の誕生日なんぞ祝ってやらねえいいや今日と言う日は河童の命日だと決意しながら手に馴染んだ小銃を求めて寝室に続く扉を開けた。

100題「でんせん」→「」の間。
タイトルは大江健三郎「見る前に跳べ」を意識して・・・スミマセン!!ノーベル賞前から読んでました大江作品。

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