あめの街夜の花 2
「あっ!!」
台所から聞こえて来た大声にぴくりと反応するが、どうせ自分には関係あるまいと思ったのでその侭新聞を読み続けた。
「三蔵っ!」
ばたばたと喧しい足音と共にクソ河童が現れる。
「・・・何だ」
やかましい、と睨みつけてやるがそんな事には神経の図太い赤河童は勿論怯みはしない。
「さんぞっ!ひでえよオレの秘蔵の「森伊蔵」っ!半分もなくなっちまってるじゃねえか!」
「・・・それがどうした」
何が秘蔵だそんなもん隠し持っていやがったのか。
飲んだら酒は減るもんだ、何を言ってんだこのバカ。
・・・とは思っただけで言わないでおいた。
「・・・あんたな。飲むなら飲むで良いけどさ、オレの酒なんだから一言くらい言ってよ。貰うぞとか」
「あ・・・?」
飲むって、誰がだ?てめえが自分で飲んだんだろうが。
「コレ手に入れるの苦労したんだからさ」
「オレは飲んでねえぞ」
何を言ってやがるんだコイツは。
「え?」
「てめえがそんなもん隠してたのだって知らなかったのにどうやって飲むって言うんだ」
「あ?・・・あのさ。オレが飲んでないっつってんだからあんたしかいないでショ?惚けたって無駄なのに何でそーゆーフリするかな」
大袈裟に頚を振り振り言う河童は俺の言葉をハナから信じてもいないようだった。
「俺は飲んでねえっつってんだろ。しつけーんだよこのクソ河童」
「じゃあ誰が飲んだっつーんだよ!俺かアンタしかいねえだろうがっ!」
「だからてめえが飲んで忘れてんだろうがッ!」
「三蔵じゃあるまいし誰がそんな都合の良い記憶してるかっつうの!」
「俺は関係ねえだろっ!てめえがっ、自分で飲んだもんをっ!勝手に!!飲んだ事忘れて騒いでるだけだろうがっ!この悪い頭がっ!」
「てめっ!自分で飲んで忘れてんのはそっちなんじゃねえの!? ああ、そうだよなアンタ年寄りだからな、もうボケが始まってんのかも知れねえなっ!」







鍵が掛かっていれば良いのにと思っていた俺の内心とは裏腹に鍵の手応えが無い侭あっさり扉は開いた。
「あっ、お帰り」
「・・・・・・」
どかどかと煩い足音と共に台所から姿を現すのに返答もしない侭素通りする。 旅をしていた間と違って一緒に暮らすともなれば顔も見たくないと思う時もあるだろうと寺を出る前に俺だって一応考えはした。 それが、こんなに早くにやって来るとは思わなかったが。
「濡れてるじゃん。傘持ってなかったんだ」
そんなもん見れば分かるだろ。
「メシは?」
「いらねえ」
河童の顔を見ながらメシを喰う事さえイヤだった。
事の起こりは二日前。
どういう訳か未だに成仏していない朱泱が河童の酒をこっそり飲んだのだと言う。 まあ被害に遭ったのは俺じゃないから別にそんな事は構わない。 然し河童のヤツはハナっから喧嘩腰で俺がヤツの酒を飲んだものだと決め付けて俺に喰ってかかった。 飲んだのは俺じゃねえ、と再三告げた俺の言葉に耳も貸さずに。
頭が悪い癖に猜疑心だけは人一倍な河童は、それでもどういう訳か気を悪くして家を出て行ったりする事もなく、 それも留守にしたら再び俺に酒を飲まれるとでも疑っているように思えて言いようもなく不愉快で河童の事を考える度にムシャクシャして仕事を終えた後この家に帰らなくてはならないと考えるだけで気が塞いだ。 それでも他に行く場所もなく何となく街中をウロウロしているうちに雨まで降り出して来て、 濡れながら寺を出た自分の早計さをしくじったと思っても手遅れだった。


「三蔵、ちょっと待って」
「メシなら喰って来た」
廊下の突き当たりにある部屋へ向かう途中の背中に話し掛けられ、それでも一応足を止める。
「えー?喰って来ちゃったの?」
しょーがねえなあ、とぶつぶつ言うのを無視して再び前に足を進める。
朝はまだ良い。寺の朝は早く、当然俺が家を出る時間も早い為河童の顔を見る事は無い。 だが一日が終わりこうして帰りたくもない家に帰って来れば河童が居て、 一緒にメシを喰いたくないから外で済ませて来ているのだと思い至りもせず呑気に声を上げる河童の鈍感さが俺を苛立たせる。
「ちょっと待てって。今日俺宛に荷物が届いたんだけどさ」
てめえ宛の荷物なんか知るか。
「お師匠様から」
「・・・てめえに師匠なんざいるのか?」
一体何の。
考えるのも恐ろしいがもしかして河童のヤツは華道や書道を習っていたと、そういう事だろうかと思わず振り返った。
「じゃなくってえ。アンタのお師匠様」
「・・・見せてみろ」
何でお師匠様からの荷物が悟浄宛に。
俺にではなくクソ河童宛に。




戻る続く

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