赤い色についての幻想
何がツボにハマったのかぎこちないツラでぎくしゃくと然し強引に人を飲み屋に連れ込んだ後も一方的に一人で喋くっていたその男は気が付いた時には面白そうな表情を浮かべ 「ビールおかわり」と言っていた。
「あ、あとね豆腐ステーキとオクラの串焼きと海老の包み揚げ」
「そんなに食わねえぞ」
「うっそ。あ、飲む時は食わない方?」
「・・・まあな」
「飲みの最後にお茶漬けとかラーメン食ったりしねえ?」
「食わねえよ」
「じゃ、ラーメンって何味が好き?豚骨ラーメン美味い店知ってんだけど」
「豚骨は好きじゃねえ」
「なんで」
「胃に凭れる」
「年寄りみてえー・・・あ、醤油ベースに背脂乗ってて脂の量多目とか少な目とか頼める店もあんだぜ」
殆ど一人で喋っているのは先程までと同じだが、 少し前までの気まずい沈黙が訪れるのを恐れての口を挟む暇もない程の喋りとは空気が違っていた。
会計の際ワリカンにしようとすると「ここは俺が」と言い張られもしかしてこれは安上がりな接待だったかとムキになって断れば 「じゃあ次は三蔵が奢ってよ」と言われうっかり「それもそうか」と思ってしまった。
それが間違いだったのだろう。
奢られっぱなしと言う訳にもいかないと思ったので次の週末に呼び出した。
指定した時間の10分前に着いてぼんやりと駅前の人混みを眺めながら煙草を銜えて待った。 事故か何かで電車が遅れていると言う放送も聞こえて来ないのに何故かヤツは現れない金曜の夜。 わざわざ休日に呼び出す事もあるまいと平日を指定したのだがこんな週末に仕事関係の人間と顔を突き合わせたがる訳もないかと煙草の煙越しに急ぎ足に目の前を通り過ぎて行く数え切れない程の人波を眺め遣る。 まだ早い時間なのに既にアルコールが入っているらしく顔を赤くして機嫌良く笑っている奴らもちらほら。
7時5分過ぎ。仕事が終わらなくてとか何とか連絡が入るのではないかと携帯を探るが着信は無し。
何でこんな事になっているのかと2本目の煙草に火を点けながら考える。 次に奢れと言われた言葉をバカ正直に受け止め待ち合わせなんぞをしている事を後悔し始めていた。 社用のメールアドレスを知っているのだから「先日は有難うございました」と他人行儀なメールを一本送っておけばそれでお終いだったのに。 頭の中に事務的な文面がすらすらと思い浮かぶ。 最後に「また機会があったら飲みに行きましょう」とでも付け加えておけば「次は奢れ」の言葉にも「次があるなら」で済んだ筈なのに。 いや、それならそもそも親しい訳でもないヤツと道でばったり逢った程度で一緒に飲みに行った事自体がどうかしていたのだ。 そうだ、何故だ。
3本目の煙草を取り出し頭の中を整理する。そうだ。確かあの時は多少混乱していたのだ。 「何が見える」と訊ねられ、 自分には「視えるもの」、他の人間には「視えないもの」が混在する人混みの中で他に紛れる事無く浮かび上がるように、赤い

「お待たせ」

掛けられた言葉に弾かれるように顔を上げた。一瞬前まで脳裏で再生していた記憶の中の赤い色が目の前に現れた事に暫し混乱する。
「今日は誘ってくれてありがと」
俺が何も言えず呆然としている間に目の前の男は言葉を続けた。千切れんばかりに尻尾を振っている犬っころの表情で。
まずい、と思った。
俺は開けっぴろげな感情に弱い。自分でも阿呆だと思う位剥き出しの好意と言うモノを無視出来ない。 餌を貰えるのが当然だと言う顔をして寺の境内に居着いて人間の姿を見ても逃げ出しもしない捨て猫然り。 慌てて顔を背け先に立って歩き出す。
「こっちだ」
「俺ここらはあんまり来ないんだよねー。メシ喰うのも家の近くと会社の近所ばっかりで」
不躾な俺の態度を気にした風もなく隣に並んでまた勝手に一人で喋り出す。背が高い所為か歩くのが早い。 俺より半歩分前に出て歩いている。
「会社の近所松屋しかなくってさ。俺は吉牛の方が好きなんだけど」
違う。俺が人にぶつからないようその広い肩でさりげなく反対側から歩いて来る人間を退かしているのだ。
・・・余計な事すんな。
「三蔵は吉牛と松屋どっちが好き?」
肩越しに振り返ったその男はまたしても笑顔だったが。
またしても俺はまずいと思ってしまった。
ハミングバード」の続き。

生きものについての幻想」と対で。

novel−パラレル