ringfinger 2
折角寺の坊主が分けてくれた漬け物の味もロクに分からぬ侭もそもそと夕飯を無理矢理呑み込んだ後食後のコーヒーも飲まず三蔵は部屋に戻った。「・・・見付からねえ・・・」
机の上も、抽斗の中も、寝台の上も下も探ってみたが悟浄の言うような指輪は見付からなかった。 もしや寝惚けて捨ててしまったのでは、 と慌ててゴミ箱に飛び付いて何で俺がこんな事、と悪態を吐きながら床に直に座り込んで漁ってみるがひっくり返してみたその中にも求めるものは入っていない。
確か朝には嵌めていた筈だから・・・顔を洗う時に外したのかも知れない。
洗面所に向かいきょろきょろと三蔵は視線を巡らせるがそこにも指輪は落ちていない。
「・・・・・・」
流してしまったのだろうか。
「・・・・・・・・・」
洗面台に両手を着いて排水溝を覗き込んでみても光るものは見当たらない。
珍しいデザインだと悟浄は言っていた。つまり、俺に贈る為にヤツは時間を割いてそれを探し求めたと言う事だ。
それを、俺はたった一日も持っている事も出来ず何時失くしたのかすら覚えていない。
洗面台の隣、洗濯機の下に隠れていたりしないだろうかと床に這い蹲って三蔵は狭い隙間を覗き込む。
「三蔵?何してんの?」
「え・・・っ、散らかってるから掃除でもしようかと」
突如降って来た悟浄の声に肩をびくりと震わせて三蔵は慌てて言い繕う。
「フーン?ちょっと退いて。風呂の支度するから」
「え・・・、ああ」
さして広くもない洗面所で大の男二人が擦れ違うのは無理があるので先に三蔵が起き上がって廊下に出る。 入れ替わりに洗面所に脚を踏み入れる悟浄の背中を見ていられなくて三蔵は項垂れる。
見付からないからお前も探すのを手伝えと、言ってしまった方が良いだろうか。
視線を上げない侭三蔵は考える。
「・・・・・・悟浄」
「石鹸取り替えるか。新しいの出してよ」
話し掛けられるのに思わず三蔵は肩を撥ね上げさせる。
「あ・・・ああ。石鹸だな」
戸棚をごそごそと探り買い置きの石鹸の包装を破る。
「ほら」
「はいよ」
振り返りもせず差し出された掌に乳白色の真新しい石鹸を乗せると、 一度は正直に話してしまおうと思っていた言葉を紡ぎ出す勇気が失せた。 何処かに落ちていないものだろうかと下を向いて探しながら、三蔵は廊下を戻って行った。
風呂から上がり、濡れた髪の侭三蔵は居間のソファに深く腰を降ろし天井を見上げる。
風呂に入っている間にもしやここに、と風呂場の床を探してはみたが目当てのものは見付からなかった。 法衣の袂は勿論疾うに探してある。もう、見付からないのだろうと三蔵は半ば諦めていた。
問題はそれを悟浄に告げるか否かだ。
「風邪ひくぞ?」
唐突に声を掛けられ顔を上げればカラスの行水を済ませた悟浄が部屋に入って来る処だった。
「ほら」
自分の肩に掛けていたバスタオルを三蔵の頭に乗せ、悟浄がわしわしと水分を拭い取って行くのに三蔵は抗いもしない。
「・・・だいじょぶ?何か疲れてねえ?」
顔を覗き込んで訊ねられるのに、その宝石の色にも似た赤い瞳を正視出来ず三蔵は視線を逸らす。
自分が、悟浄のような優しい性分でない事は分かっていた。 他人の思い遣りとか慮りとかを平然と退け踏み付ける事が出来る、それが自分なのだ。 それは元より自分の持っている性質であって、他人の視線を気にして今更それを変えようなどとは思った事がない。
ならば何故、今悟浄の事を顔を上げて見る事が出来ないのか、三蔵は自分でも上手く説明出来なかった。
「三蔵・・・?」
逸らされた瞳を捉えようと悟浄が顔を近付けるのに、三蔵は眼を閉じて自ら口付けた。
いつも、与えられる愛撫に満たされ翻弄されるばかりの自分を切り捨てるように、 自分から唇を開き悟浄の口内に舌を滑り込ませる。
拙い動きで歯列を割り侵入する三蔵の舌に悟浄は緩慢な動きで自分のそれを絡める。 何時の間にか腰に回された悟浄の腕に少しづつ力が入り筋肉質な体躯にぴたりと身体が触れ合わされ、 悟浄の体温が伝わって来ても三蔵は悟浄に身体を明け渡す気持ちにはならなかった。
指輪を失くした、その事を謝る事も出来ず、否、それ以前に正直に伝える事も出来ず、 悟浄を悦ばせてやる事で埋め合わせようだなんて事は卑怯だ。
悟浄はどれ程の想いを籠めて指輪を贈ったのか。
俺が悦ぶと、大切に持っている事を望んだろうか。
唐突に、悟浄の肩を突いて三蔵は身を離す。
焦らして、追い掛ける遊びを仕掛けられたと思った悟浄が笑いながら三蔵の顔を覗き込む。
「三蔵・・・?」
笑みを浮かべ自分の顔を覗き込んだ後悟浄が真顔になったので、今自分はどれだけ酷いツラを晒しているのだろうかと三蔵は考える。
「どっか痛えの?大丈夫か?」
あやすように宥めるように声を掛けながら悟浄の長い指が自分の頬に伸ばされるのを、三蔵は身を引く事で交わす。
「何でもねえ」
力なく答える自分に尚も心配そうな視線を向ける悟浄に、それでも本当の事を言い出せない自分の弱さを三蔵は自ら詰る。
が、結局何も言い出す事も出来ず三蔵はくるりと背中を向ける。
「さん・・・」
「もう寝る」
自らを呼ぶ悟浄の言葉を乱暴に遮り、続く言葉を聞かず三蔵は部屋を出る。
連日睡眠時間が足りていなかった所為で眠い筈なのに、寝台に潜り込み薄暗がりの中横になっても三蔵は寝付けなかった。 まだ何処か探していない場所があるのではないかとじくじくと思い悩んでは起き上がろうとし、 見付かる筈がないと否定しては胎児のように身体を丸める。そんな事を数度繰り返した。
悟浄の誕生日に自分はプレゼントなど何も用意せず、それ以前に誕生日の事すら忘れきっていた。 慌てて拵えた夕飯と適当に見繕った酒なんかで喜んでくれた悟浄が自分の為に贈った品を大切にしてやる事すら出来なかったと。
生誕祝いの法会を開催される度に思った。
自分の生まれた日などこうして祝う程のものではないと。
喜捨だけを目当てとしている寺院の思惑にも気付かず壇上に上がる自分を有り難がって大仰に感動する衆生をいつも冷めた眼で見ていた。
中には、よく知りもしない自分の事を、寺の連中に上手い事乗せられているのではなく自身の意思で祝ってくれている者もいたかも知れないのに。
だから、これは罰が当たったのだと三蔵は思う。
人を見下し踏み付ける事に慣れた自分への罰なのだと、目を見開いた侭三蔵は幾度目かの寝返りを打った。