信仰 3




俺の錫杖の鎖で妖怪達をぐるぐる巻きにしていた為、役人への引き渡しに結局俺もずっと立ち会うハメになった後、 寺の奴らと今後の打ち合わせがあるから先に八戒の家に行けと言われるのを無視して寺の中をぶらぶらして三蔵を待つ事にした。 茶菓子でもてなされる事もなく壁に凭れて煙草を取り出したは良いが灰を叩き落とす段になって漸く寺院と言う場所には灰皿が無い事を思い出した。 執務室と三蔵の私室はライターも灰皿も常備してあったからうっかり忘れていた。 仕方なくその場を離れ庭に出て短くなった煙草をブーツの底で踏み潰す。 灰皿が無いのは室内と同じだが木の床の上で消すよりはマシだろう。 室内に戻ろうかと踵を返しかけ、吸う度外に出て来るのは面倒だと思い直してその場に留まりもう一本煙草を取り出す。

先程聞いた金吾衛と寺の坊主共との話によると今日捕まえた妖怪達は「思ったよりは少人数」だったそうだ。 何も聞かされていなかった俺はだが妖怪の襲撃に備えて居たはずの寺の警護の甘さを思い出してぞっとした。 通路には確かに重々しいツラをして武術の心得のありそうな坊主共が陣取ってはいたが講堂内は丸きり手薄だった。 あの程度で「備えて」いたつもりなら、こいつらが「一網打尽に」と目論んでいた規模の襲撃があったとしたらどうするつもりだったんだ。 壇上でがたがた震えていただけの坊主共に三蔵を護れたとは到底思えない。

そして何より三蔵が今日と言う日の為の撒き餌だったとその会話から伺い知れた事が一番赦せなかった。

・・・だから、俺はあんたの護衛なんだろ?何で先に行けとか言うの。 あいつ俺の事を寺の奴らに護衛っつった事絶対忘れてんな。
別に寺での俺の立場が悪くなろうとどうでも良いが今は自分の意思で三蔵の側にいたかった。 三蔵は自分からは何も言わないから。 先程起こり掛けていた沸き上がる怒りは爆発するタイミングを失って今はぐずぐずと身の裡にくすぶり自虐の念を誘う。
何故三蔵は俺に何も言ってくれないのだろう。 三蔵が寺を出て俺の所へ来てくれた事を脳天気に喜んでいた自分の浅はかさがイヤになる。 自我を失っていた妖怪達を殺したのは三蔵一人の所業では無いのに象徴として三蔵の名前のみが一人歩きして行く。 自分の知らない間に自我を取り戻した妖怪達の「敵討ち」としての標的はつまり、三蔵一人に絞られる事になっていた。 俺が平穏無事に普通の人間のような地道な暮らしを営んでる間も三蔵は「平穏」な生活なんぞに縁は無く日々生命を狙われていたのだ。
そりゃあ旅の間も「三蔵一行」として一括りにされ俺達一人一人の名前なんぞ敵さんもロクに把握もしてなかったようだし、 知名度としちゃあ断然三蔵に劣るから血祭りに挙げた時の名誉度っつうのもケタ違いなんだろうケド。





「なんだまだ居たのか」
良い加減待つのにも飽きて地面にしゃがみ込んでヤンキー座りをする頃になって頭上から声が降って来た。
「待ってるって言ったじゃん」
座った侭頚だけ巡らせて自分より高い所に在るその姿を見上げる。 先程の仰々しい衣装の後では質素と言うよりは粗末にすら見えるいつもの法衣に着替えた三蔵がそこに居た。
「俺は先に行けと言った筈だ」
俺の知らない間に妖怪だかゴロツキだかに狙われて怪我をしていたと知られてしくじったと思っているに違いないのに、 既に先程の事は済んだ事として扱い何事も無かったかのように淡々と告げられる。
「まあ良いから。終わったのか?」
「ああ」
「んじゃ行こっか」
腕を伸ばしながら立ち上がりそう言うと、三蔵からの返事は無かったが壁を隔てて室内と庭とを平行に並んで歩き始めた。 窓のある所はともかく角を折れる度に三蔵の姿が俺の視界から消える。

この、たかだか寺院の薄っぺらい漆喰の壁が俺と三蔵を隔てるものなのだろうか。
数え切れない数多の人々の崇拝の対象でありそして妖怪達の憎しみの対象である三蔵。 力を込めて叩けば回廊を歩く三蔵にも物音が伝わる程度の薄い壁が、それでも酷く邪魔なものに思えた。







寺を出て三蔵と並んで歩きながら空を見上げる。 チャリを漕ぎながらの配達時には恨めしいとすら思えるが徒歩ならばさほど苦ではない快晴の一日は終わりに近付き日が傾き始めていた。 然し暑さが心地良いと思っているのは俺だけのようで三蔵は気怠げに街路樹の作り出す濃い蔭の下を選んで歩いている。
「何か言いたい事があるんじゃねえのか」
取り出した煙草を片手で弄くりながら三蔵が口を開いた。 西への旅が佳境だった頃は一日一箱かそこらは吸っていた筈だが最近はめっきり吸っている姿を見る事が少なくなった。 寺の線香と煙草の煙とでダブルで煙の臭いが染み付くのがイヤなのかな、 とか考えてみたが旅に出る前から吸ってたんだからそういう訳でもないのだろう。
ああ、つまり、だ。
三蔵は苛ついているのだ。黙り込んだきりの俺に。
知らぬうちに三蔵が怪我を負っていた事。 盛大な法会の開催される裏で象徴である「三蔵法師」の存在を快く思っていない者がいた事。 三蔵のみならず寺院の者達もそれを承知していた事。 この機会に乗じて三蔵を囮にして「反逆者」達を一網打尽にとの目論見が内密裏に進められていた事。 そのどれもが俺には秘密にされていた事。
どれもこれも気に入らないが特に気に入らないのは一番最後のヤツだ。

「聞いて欲しい事があるの。それとも俺に言っておきたい事があるのか」

言いたい事は幾らでもあった。
先程の坊主の立腹具合からすると三蔵の怪我は寺院内で暴漢に襲われたからと言う訳ではなさそうだった。 要するに結構な距離のある寺から家への行き来の間に起きた事だ。 そして寺の坊主共は俺が三蔵の寺への往復にずっと護衛として附き従っているのだと思っていた。 三蔵が、そう思い込ませていた。
寺の奴らの警戒ぶりを見れば三蔵が怪我をしたのが運悪く物盗りに襲われたとか、そう言う訳ではない事は分かる。 怪我をしたのはたまたまかも知れないが襲われたのはたまたまという訳では無かった、 そしてそれを三蔵は俺に言うつもりは無かった。 怪我の事だって俺が気付かなければ黙っているつもりだったに違いない。 法会だって俺が気が向いて出向かなければ何があったかなど一言も言うつもりもなかっただろう。
最早自分が何を言いたいのか、何から言えば良いのか分からない。

「話す事なんざねえよ」
ぶっきらぼうに言い捨てると三蔵は漸く煙草を銜えて火を点けた。
自分から口を噤んでしまえば三蔵はそれ以上口を開く事は無い。 折角俺に話してやっても良いと言う気になっていたのに、俺は言うべき言葉を間違えたらしい。
然しだからと言ってここは俺が謝る場じゃねえだろとも思う。
隣を歩く俺なんか目にも入っていないようにそっぽを向いて歩く三蔵の横でフィルタを唇の端で噛み潰しながら負けずに横を向いた。





八戒の家は寺からさほど遠くない処にある。 俺の家のある西市近くと違い官僚街である長安の東っ方は上品で何処となく雰囲気も小綺麗だ。 長安内の坊は何処も同じ作りの筈なのに。 格好着けて着崩した服を身に纏ってる軽佻浮薄な輩などこの辺りでは見掛ける事も無い。 仕事を終え帰路を辿る人々が、夕飯の為の買い出しに出る人々がちらほら彷徨い出て来て賑わい始めている街中を通り抜ければ何処かの屋敷の下働きらしいこざっぱりした服装をしている者の姿が多く見受けられる。
うまい言葉も見付からず気まずく歩いているうちにそれでも幾度かは俺の方から再度口を開こうとはしたのだが、 その度家の前と言うか道端で涼んでいたらしい婆達が 「三蔵様」とか言って三蔵を呼び止めては有り難そうに拝んだりするもんだから、 結局話し掛ける事も出来ないでいるうちにあっさり八戒の家に着いてしまった。 三蔵は面倒くさそうにそれでも一応脚を止めて一言も口をきかぬ侭婆達の勝手な口上に幾度か鷹揚に頷いては踵を返す。 その不機嫌そうなツラは然し婆達には世を憂えているようにでも見えるらしく、 愛想笑いの一つもしない姿を見ては道行く人々は更に三蔵を有難がる。



先に立って歩き玄関の横のチャイムを押す段になって自分の後ろにいる筈の三蔵を振り返ってみると三蔵は視線の先にはいなかった。
夕陽で辺りがオレンジ色に染まる中長く伸びた影が俺の足元に落ちる。 金色の髪をもオレンジ色の光の中に染めた三蔵は夏の強い光の作り出す長い影の先が漸く俺の足下に届く程度に俺から離れた処に立っていた。 そこから歩き出そうともせず立ち止まった侭の三蔵を見てチャイムを押すべく持ち上げた腕を降ろした。
「来いよ」
呼び掛けてやっても三蔵は動かない。先程壇上に立って読経をしていた時の、 妖怪と対峙していた時の見る者を射殺すようなあの瞳ではなく。
黙ってこちらを見ている。
その場から動かない三蔵にこちらから歩み寄っても三蔵は逃げない。三蔵はいつも逃げはしない。 何事からもどんな時でも逃げる事はしない。三蔵は痛々しい程に不器用だから。
「話、しよ。帰りに星でも見ながらさ」
目の前で立ち止まってから腕を持ち上げ金色の髪をくしゃりと撫で回しながら告げる。
「・・・アホ」
「うん、俺頭悪いからちゃんと言ってくんねえと分かんねえのよ」
そう言うと小さく三蔵は笑った。
「ホラ、小猿ちゃんが腹減らして待ってるから」
頭から手を離しその手で三蔵の指を絡め取って緩く引くと今度は立ち止まる事無く歩き始めた。 指を絡めた侭チャイムを押し、ドアが開く寸前に指を離す。
そう言えば手土産を買い忘れたなと、その瞬間に思い出した。






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眼鏡に続く。

本当はもっと後味悪く終わる筈だったんですが。どんなに後味悪くても次は温泉もとい「眼鏡」と言うのが自分的ポイントだったのに。

オマケ



33題