競馬パラレルSS その16



* * * その151 * * *

内馬場へと続くメインスタンド下には●ーフィーショップ、更にその先には軽食の出店、 そして駅から続く通路とメインスタンド下の合流点にはGI焼き売り場がある。
「三蔵はん。GI焼き買うて来るけど、会長焼きとマッキー焼きどっちがええ?」
以前は東京競馬場でしか買えなかった馬蹄型の大判焼き「GI焼き」もすっかり中山での販売に馴染んだ。 のみならず時折限定バージョンが登場しては人気を博している。 今回の期間限定販売バージョンは、会長焼きこと柴田善臣焼き(あんこ)と、 マッキー焼きこと増沢由貴子(旧姓牧原)焼き(クリーム)の二種類だった。
「会長焼き」
「俺はマッキー焼き」
「アンタには聞いとらん」



限定GI焼き出ると毎度ネタにしてますね。




* * * その152 * * *

「ヘイゼル」
のそりと、GI焼きを手にしたガトが戻って来る。
「おおきに。三蔵はんに渡したってえな」
そしてガトがGI焼きを各自に配り始める。三蔵に会長焼き、ヘイゼルに会長焼き、悟浄にマッキー焼き。
「ああっ!いらん言うたのに何でマッキー焼きを買うて来るんや!」
ビシイッ!(手刀)
「ぐはッ!」
「おいおい。そこまでしなくても良いじゃねえか(もぐもぐ)」
「アンタは黙っとき!」
「・・・まあ確かにそこまで怒る程の事でもねえだろ(がふがふ)」
「三蔵はん・・・」
矢張り三蔵はんはこの赤毛の味方なんやろか、とヘイゼルが三蔵を横目で見遣る。
「こいつに直に金を貰えば良いだけの話じゃねえか」
「・・・・・・三蔵・・・」
三蔵の言葉に、しょぼんと悟浄の触覚が項垂れる。
「それもそうやね。さ、はよ金を払いなはれ」
「・・・・・・(感じ悪い・・・)ホラよ」
ひらひらと手の平を差し出すヘイゼルの純白の手袋に、悟浄が手の中のものを叩き付ける。
「誰が外れ馬券が欲しい言うたんや!」
「金額的にはコッチの方が大きいだろーが!」



GI焼きは1個120円、馬券の最低購入単位は100円からです。




* * * その153 * * *

申し出は唐突だった。
「ええレースやったわあ」
2番人気の馬と11番人気の馬の譲らない激しい競り合い。併せ馬のような形でゴールまで並んで入線した見応えのあるレース。
「そりゃあてめえにとっては良いレースだったろうよ」
面白くなさそうに銜え煙草で呟く悟浄の横で、人気薄のその馬からの馬単の馬券、 つまり万馬券を握ったヘイゼルが満足そうに吐息を漏らす。
「な、三蔵はん。ウチに来はりません?」
「ああ?」
親しい訳でもないヤツの家に誘われる謂われはない。即座に断るつもりだった三蔵だが。
「資金も出来たことやし、とっときのシャトー・マルゴーで乾杯や」
「シャトー・マルゴー・・・」
その言葉に心がぐらぐらと揺れる。
「へー、お呼ばれしちゃおっかなー、なあ、三蔵?」
「アンタは呼んどらん」



万馬券獲るとそれ以上にぱーっと使っちゃうんですよね・・・。




* * * その154 * * *

結局、「悟浄と一緒なら」と言う条件付きで三蔵はヘイゼルの住んでいる場所を訪ねる事を承諾した。 あまり他人に打ち解けない三蔵だが、矢張りシャトー・マルゴーの誘惑には勝てなかったらしい。
「何だ、結構近い処に住んでいたんだな」
聞いた駅名は悟浄の住んでいる場所から電車で30分とかからない場所だった。
「ここだと中山へも府中へも行き易くてちょうどええんよ」
「その代わり大井も羽田も成田も遠いだろう」
「ま、それ位は仕方のない事やね。大井よりは中山・府中の方が優先や」
「それもそうだな」
「・・・・・・」
誰もが立地の良さを競馬場へのアクセスの良さだと認識している事に突っ込む者は、ここにはいなかった。
無言のガトを除いては。



多分武蔵野線沿線。もっと絞って言うなら最近は駅前に黒服の増えたK谷辺り。 治安悪くなって来てるらしいですがガト付きなら安全ですね。




* * * その155 * * *

「・・・さ、ここや」
案内されたのはごく普通のマンションだった。何というか、 億ションなどのヒルズ族御用達のような超豪華マンションにでも住んでいるのではないかと実は悟浄は密かに疑っていたのだが。
「適当に座ってておくれやす」
言われ、座る前に勝手に部屋を物色し始める三蔵と悟浄であった。
「・・・この写真・・・」
写真立ての前で三蔵がふと立ち止まる。
「ああ、それは・・・ウチは小さい頃乗馬を嗜んどってな」
明るい栗毛に金髪に大流星と言う見目麗しい馬の背に乗ったまだ幼い自身の写真をヘイゼルは懐かしそうに笑顔で眺める。
『乗馬。』
『やっぱコイツほんとはどっかのぼんぼんなんじゃねえのか』
「尾花栗毛に四白流星の綺麗な馬やった・・・」
『尾花栗毛』
『四白流星』
何でそんな日本語知ってるんだ、と。三蔵と悟浄は小声で呟いて訝しげに遠い目をしているヘイゼルを見遣るのであった。



おばなくりげにしはくりゅうせいと読みます。




* * * その156 * * *

意外と思える程の手際の良さでガトがナッツやクラッカーやチーズなどの酒肴を用意する。
「・・・この馬、少し三蔵はんに似とると思わへん?」
「似てねえだろ」
即答しながら三蔵は、以前悟浄にも「馬だったら尾花栗毛」と例えられた事を思い出す。 どいつもこいつも人を馬に例えやがって失礼極まりない。
「この馬はな、乗馬クラブの馬なんや。クラブの人間には殆ど懐いておらんかったんやけど、ウチにだけはよう懐いとってな」
「・・・・・・ほお」
ヘイゼルは自分にだけ懐いていたと言うが、それは子供の思い込みと言うやつだろうと冷静に三蔵は考える。
本当に誰にも懐かない気性の荒い馬であったら乗馬不向きとして処分されている筈だ。 馬は自分より小さいものや弱いものには優しい生き物なのだ。 厩舎で飼っている猫などの小動物と一緒に馬房で眠る競争馬の話もたまに聞く。 勿論その逆に馬房に入った猫に噛み付きあまつさえ天井に叩き付け死に到らせる程気性の荒い馬もいるが。
ともあれその馬がヘイゼルに懐いていたと言うのは本当であろうが、それはヘイゼルが小さな子供だったからであろう。 自分に似ている(とヘイゼルが言っている)馬がヘイゼルに懐いていたと言う話に、三蔵は複雑な心境で煙草に火を点ける。
が、一瞬後に灰皿がない事に気付く。
「・・・・・・」
目の前に無言で差し出された灰皿は、勿論ガトの手によって置かれたものであった。
ヘイゼルはともかく、このガトと言う男の事は結構気に入ったかも知れない。そう、三蔵は思った。



覚えてる人いないと思いますが「以前悟浄にも」は「その59」にて。




* * * その157 * * *

「80年代もののシャトー・マルゴーや」
酒瓶を持って登場したヘイゼルはいつものズルズル長い衣服ではなく、 そうしていると普通の青年に見えるごくまっとうな衣服を身にまとっていた。
「あれ、あんた普通の服も持ってるんだ」
「失礼な男やね。家の中でまであないな服は着いひんよ」
「だってあれ、教会かどっかの制服っつうか、そういうモンじゃねえの」
言って、悟浄は自分の言葉にふと引っかかりを覚える。確かこのヘイゼルは競馬の勉強の為にやって来たと言っていた。 宗教関係者がギャンブルに興じていても良いのだろうか。
「アレはただの外出用のオシャレや」
「「・・・オシャレ」」
アレが本当にお洒落かどうかと言う事はどうでも良い。
もしかすると別の言葉と間違えて覚えているのかも知れない、そう、例えば「勝負服」とか。 そう思いつつ意味を尋ねる事の出来ない悟浄と三蔵であった。



ヘイゼルのあの服は競馬場行きの為の勝負服な訳ではない、と思います。




* * * その158 * * *

「何や、もうカラか。ガト、シャブリ出してえな。90年代ものやで」
「いやいい、もう帰る」
「なんや三蔵はん、折角来はったんやからもうちょっとゆっくりしていってえな」
もしかしたらそうではないかと薄々疑っていたのだが、矢張りヘイゼルはあっさり帰す気はないらしい。
「これ以上のもてなしを受ける謂われはない」
「だから、さっきのレースで万馬券獲ったお祝いやって言うとるやないか。酒代の事なら気にせんでええよ。 払い戻し金で元は取れてるさかい、後で徴収したりはせえへん」
「イヤミかそれは」
ぎゃーと叫んだ悟浄と、叫びこそしなかったが無言で手にした馬券を握り潰した自分と。 それは、つまり誰もがその手にしたいと思っている万馬券を自分は手に出来なかったと言う意味で。
「何でイヤミですのん?」
きょとん、と言った風情の表情で問い返され思わず毒気が失せた。



ヘイゼルに対して構えてた壁のようなものが無くなりつつある三蔵様。餌付けされてる?




* * * その159 * * *

「・・・もう一本空けるなら、きちんとしたものを腹に入れた方が良い」
三蔵が短く舌打ちしたのを了承の合図と受け取って、シャブリを手に戻って来たガトが言う。
「ウチに指図する気か」
きっとヘイゼルがガトを睨み付けるのを、横合いから軽い声が制止する。
「もうメシ時だしな。まさか酒代はタダだけどツマミは有料ってか?」
「・・・・・・分かったわ。ガト、アレ作って出してやり」
「分かった」
「アレって何よ」
短く答え、背中を向けるガトの姿に悟浄が訊ねる。
「ふふ。出て来てからのお楽しみや」
「一々勿体付けてんじゃねーよ!」
「だからイヤやったんや、三蔵はん以外のモンがココに来るのが」
「・・・うるせえ」
ピーナッツをぽりぽりと啄みながら一々引き合いに出すんじゃねえよ、と三蔵が苦情を訴える。



ピーナツを食べる三蔵=柿ピーのつもりでしたがヘイゼル宅に柿ピーはどう考えてもおかしい。 と言うかワインのつまみに柿ピーはおかしい。




* * * その160 * * *

長くはない時間の後、皿を片手に載せたガトが戻って来る。
「うわ、美味そー!タコとイカと海老と・・・?」
「これは金目鯛だな。これは・・・?」
レタスを敷き詰めた上に魚介類が彩りよく盛りつけられている、まるでサラダのような品に思わず声が出る。
「スズキだ」
「・・・美味い」
「そうか」
「うん、美味い。どうやって作るんだ?」
照れもしなければ謙遜もしないガトに向き合って悟浄が訊ねる。
「・・・一口大に切って茹でて、ドレッシングをかけるだけだ」
「それだけか?」
「ああ」
「へー、ドレッシングは何を使ってるんだ」
「イタリアンドレッシングだ」
「胡麻ドレでも美味そうじゃん?」
「好みのものを使っても問題はない」
レシピを聞き出しながら、 これだけの魚貝類が普段から冷蔵庫に入っている家庭があるのだろうかと悟浄は横目でにこにこと笑うヘイゼルを盗み見る。 本当は、万馬券と言うのはただの言い訳で、実は最初っから三蔵を招待するつもりだったのではないだろうか。
三蔵はあれでゴリ押しされると結構弱い。
俺が代わりに気を付けてやらないと、と決意しながら悟浄はグラスを傾けた。



書いたけどBBSには上げなかったもの。キリが良いのでアップ。






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背景は函館の誘導馬マイネルトレドール。

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